2011/01/30

Di-p-nitrobenzyl azodicarboxylate (DNAD)

Jianhai Yanga, Liyan Dai, Xiaozhong Wanga and Yingqi Chen
Tetrahedron, doi:10.1016/j.tet.2010.12.036

光延反応はアルコールを脱離基とした求核置換反応であり、穏和な条件と高い官能基選択性を有することから頻用される反応の一つである。しかし、反応終了後に試薬由来の量論量の副生成物が生じ、環境調和性に優れていないのみならず、生成物との分離に苦労することも多い。またアゾジカルボン酸の塩基性から用いることのできる求核種にも制限がある。そこでポリマー保持型やポリフルオロアルキル鎖を有する試薬など副生成物の除去容易性に焦点を当てた改良や、角田先生らの試薬のように反応性を向上させた改良など、様々な改良型光延試薬が開発されている。本論文でもそのような試薬の一つで、1) 室温、空気下でも安定で、さらに、2) 反応後に生成するヒドラジン誘導体が難容性であることから、濾過のみで除去可能、という2つの特長を有する光延試薬を記載している。

本試薬は下図に示すように、市販のクロロギ酸4-ニトロベンジルから2段階で調製可能となっている。ジアシルヒドラジン化合物はジクロロメタンへの溶解性が室温で<0.005g/mL、THFへの溶解性が室温で<0.01g/mLなどと非常に低くなっている。また調製した光延試薬は6ヶ月以上、室温空気下に放置した後でも同様の反応性を示したとのことだ。

実際によく用いられるDIADとの比較を行いながら、反応を試みたところ、通常用いられるトルエン、THF、ジクロロメタン、アセトニトリルなどの溶媒では全て、原料の光学収率を損なうことなく反応は進行した。さらに反応後のアゾ化合物が析出することもあって、いずれの溶媒中でもDIADの場合よりも反応時間が短かった。構造としてはDEADやDIADと同様なので、本試薬で用いることのできる求核種の限界も同様(pKa~13程度か)となっている。

論文を眺める限りでは、溶媒を工夫してトリフェニルホスフィンオキシドも濾過で除去できれば便利な試薬に感じられる。東京化成でもベンジル型は販売されているようなので、こちらもそのうち販売されるようになるかもしれない。
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+光延反応の最近の動向 / Recently Modified Mitsunobu Reactions (東京化成、PDF file)
+ODOOS (光延反応 Mitsunobu Reaction)

2011/01/29

Phosphate mediated biomimetic synthesis of tetrahydroisoquinoline alkaloids

Thomas Pesnot, Markus C. Gershater, John M. Ward and Helen C. Hailes
Chem. Commun., DOI: 10.1039/C0CC05282E

イミンへのFriedel-Crafts型の反応、Pictet-Spengler反応はテトラヒドロイソキノリンを始めとした含窒素環状化合物の合成法として有用な反応だ。通常、インドールやピロールなどの反応性の高い基質では穏和な条件下反応は進行するものの、反応性の劣る芳香環では強酸性条件で加熱する必要があることが多い。一方で、生体内では酵素の触媒により反応は容易にに進行し、例えばnoroclaurine合成酵素はドパミンと4-ヒドロキシフェニルアセトアルデヒド(4-HPAA)を基質としてnorcoclaurineをS体選択的に合成する。このようなベンジルイソキノリンアルカロイドは植物アルカロイドの1つの大きなグループを形成しており、(S)-norcoclaurineも前駆体として種々のアルカロイドへと変換される。しかし、この酵素の基質適応性は低いことが知られており、他の置換様式の基質には使いにくい。本報告ではリン酸バッファーを用いて弱酸性条件下、種々のイソキノリン誘導体を合成するという方法論を記載している。

ドパミンとL-DOPA、グリセルアルデヒドの反応がpH7.4のリン酸バッファー条件で大幅に促進されるという報告があったことから、著者らは同様の反応促進効果がベンジルイソキノリンアルカロイド合成にも期待できるのではないかと考えて検討を開始した。酵素反応と同じく、ドパミン塩酸塩と4-HPAAを基質として検討を開始したところ、KH2PO4、NaH2PO4、UMPなどのバッファーとアセトニトリルの混合溶媒を用いたところpH6、50℃、1時間で反応は7割強進行することを見出した。pHが4以下、および8以上では反応は目的物は得られないことも確認している。


収率に差はあるもののアルデヒドの一般性はそこそこあり、芳香族アルデヒドのみならずアセトアルデヒドでもよい収率で環化体を得ている。一方でアミン側は限定的で、予想通り反応部位のパラ位にOHやNH2などの電子供与基が必要だ。ただしドパミンのジメチルエーテルでも目的物が得られていない点は不思議な気がする。フェネチルアミンのα位やβ位に不斉点を有する基質では目的物はジアステレオ混合物として得られ、立体選択性はあまりない。

著者らはリン酸アニオンがブレンステッド塩基/求核剤として作用する反応機構を提唱している。また著者らは"catalyst"と表記しているが、実際に触媒回転しているのかどうかは不明だ。この示された機構と類似の形式で進行しているならば、うまくやれば不斉化も実現できるかもしれない。

2011/01/19

Dual Catalysis by Coupling Nucleophilic and Electrophilic Intermediates Generated in Situ

Barry M. Trost* and Xinjun Luan
J. Am. Chem. Soc., 10.1021/ja110501v

二つの触媒が協奏的に働いて進行する反応は、近年多くの例を挙げることができる。しかしその多くの例において、片方の触媒はルイス酸として求電子剤に配位するなどの作用にとどまり、共有結合切断など基質の化学変換を伴わない。本報告は、二つの金属触媒がそれぞれ別の基質と反応することで活性種を生じ、その活性種同士が反応するという例になる。

著者らは、独自に開発したバナジウム触媒を用いたプロパルギルアルコールからの求核的アレンエノラートの生成反応と、パラジウム触媒を用いた求電子的π-アリル種の生成反応を組み合わせることで新しい形式の反応が可能になると期待した。実際、両金属触媒を用いたところ、期待通りにアレンエノラートのα位がアリル化された生成物が良好な収率で得られた。バナジウム触媒のみではアレンエノラートのアルコールによるプロトン化が、パラジウム触媒のみではπ-アリル種へのアルコールによる求核反応が起きるのみであったことから、二つの触媒の存在が新しい反応性に必要であることがわかる。この反応では望みの反応経路を進行させるために、系中での活性種濃度が重要であると考えられ、実際両触媒の比により生成物の分布が変わってきている。


最適条件下、種々プロパルギルアルコール、アリルカーボネートを用いて反応を行った。プロパルギル位は一例を除いて芳香族置換基のみであること、得られるエノンの幾何異性は中程度から良好なE選択性を示していることがまず目につく。アリルカーボネートの立体的要因が反応性に大きく影響を与えることも想像通りだ。反応条件の穏和さから、TBS基やBoc基などを有する基質にも問題なく適応可能となっている。

本反応で得られる生成物はカルボニル化合物のα-アリル化に相当する。活性アルキンを用いた還元的アルキル化などにより骨格構築の可能性があるとはいえ、通常用いられるエノラートの化学、π-アリルの化学ともこのような骨格を得るのは難しく、そこに本反応の価値があるだろう。

2011/01/18

Visible-light-mediated conversion of alcohols to halides

Chunhui Dai, Jagan M. R. Narayanam & Corey R. J. Stephenson
Nature Chemistry (2011), doi:10.1038/nchem.949

アルコールを対応するハロゲン化物へと変換する反応は、その後の求核置換反応と並んで日常的に用いられる変換だ。しかし、学部教科書に記載のあるような過酷な酸性条件下での置換や、脱離基としてスルホニル化合物を経由する方法、トリフェニルホスフィンを用いるAppel条件など、反応条件の穏和さや環境調和性の面から改善の余地がある。本報告では光反応を用いることで、これらの課題を解決しようというものだ。

Ru(bpy)3錯体は光反応にしばしば用いられる触媒であり、著者らはRu錯体の光励起後にCBr4やCHI3などにより酸化的に不活化されることでハロゲン化反応が進行すると期待した。実際に触媒とCBr4存在下、DMF中で青色LED(435nm)を照射すると室温5時間で、70%収率にて反応が進行した。さらに添加剤としてNaBrを加えると90%にまで収率が向上した。対照実験により、触媒の添加なしでは反応の進行には高温・長時間が必要なことが示されている。


さまざまな官能基を有する各種1級アルコールに対して、収率よく対応する臭化物、ヨウ化物を高収率で得ることに成功している。2級アルコールに関しては、立体的な要因により成否が決まり、嵩高い基質ではホルミルエステルが得られた。この結果は後述の反応機構解析に重要な知見をもたらした。

著者らは各種実験によりイミニウム中間体を経る反応機構を提唱している。まずDMF-d7中での反応を完結前に止めたところ、臭化物に加えて重水素が組み込まれたホルミルエステル体が得られたことから、反応にDMFが関与していることが示唆された。DMF以外の溶媒では反応が進行しない事実もこれを支持する。また別の実験により反応活性種はカルベンではなく、ラジカル種であることを示した。これらの事実から、詳細は依然不明であるものの、DMFとCBr4から生成したイミニウム種を経て、アルコールと反応する機構が提示されている。この反応機構では、キラルアルコールを原料とした場合には光学純度は保たれるはずであるが、実際には光学純度の減少が見られた。eeの時系列変化を追ったところ、徐々にeeが減少することが判明し、生成物が添加剤のNaBrと反応することでラセミ化が起こっていることが示唆された。

本論文は後半部の反応機構解析が素晴らしく、よく練られた対照実験により、一歩一歩事実が積み上げられていく過程が、読んでいて爽快であった。

2011/01/12

Catalytic Enantioselective [2,3]-Rearrangements of Amine N-Oxides

Hongli Bao, Xiangbing Qi, and Uttam K. Tambar*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja110500m

シグマトロピー転位は不斉中心の構築にしばしば用いられる。しかしClaisen転位などと比べると、アンモニウム両性イオンを用いた[2,3]-シグマトロピー転位、Meisenheimer転位はあまり研究されておらず、その不斉合成への応用としては、窒素原子上にキラル補助基を導入した例にとどまっていた。本報告ではこのようなMeisenheimer転位の触媒的不斉反応に関するものだ。

ジベンジルアミン誘導体を基質として検討を開始したところ、この反応は触媒なしでも比較的低温で進行してしまうものの、-20度ではほとんど進行しないことを見いだした。そこでこの温度にて種々の触媒を検討したところ、酢酸パラジウムを用いると反応が大幅に促進されることがわかった。不斉配位子の検討を行い、ビナフトール由来のホスホアミダイトを用いると高い不斉収率で目的物が得られた。さらにメタノールとm-クロロ安息香酸をともに触媒量添加することで不斉収率のさらなる向上が見られた。

本方法論は反応条件が穏和なことから、TBS基やアルデヒドをはじめとするさまざまな官能基と共存可能であった。しかし、2位が分岐した基質では反応はほとんど進行しないこともわかった。著者らは0価パラジウムが触媒として有効ではないことから、π-アリル型の中間体を経由してはいないと想定している。パラジウム触媒は本系ではπ酸として作用し、Overman転位と類似したN-オキシドの活性化およびオレフィンへの配位を伴い、5員環中間体を取っているのだろうと述べている。この環化中間体を想定することにより、2位分岐型基質での低反応性を説明可能だ。メタノールやm-クロロ安息香酸の役割については不明なままである。

アルデヒド共存下でも適応可能というのはかなり魅力的だが、近年の不斉反応の中では触媒量が比較的高用量であること、キラルアルコールを作る手法としてはN-O結合切断までが必要であることが気になる点だ。

2011/01/09

Tunable stereoselective alkene synthesis with nonstabilized phosphonium ylides

De-Jun Dong, Yuan Li, Jie-Qi Wang and Shi-Kai Tian
Chem. Commun., DOI: 10.1039/C0CC04739B

一般的にWittig反応では速度論支配下ではZ-オレフィンが優先するため、不安定イリドを用いた場合にはZ体が優先的に生成する。一方で不安定イリドからE-オレフィンを得るにはPhLiを用いるSchlosserの変法(β-オキシドイリド法)と言われる方法がある。本報告はアルデヒドをイミンへと変換し、イミン上の置換基を調節することで、不安定イリドを用いてZ/E体をつくりわけるというものだ。

以前このブログでも紹介したように、著者らは既に同様のアプローチにより準安定イリドを用いたZ/Eの作り分けに成功している。そこで同様にスルホニルイミンを用いて、塩基の検討を開始した。ベンズアルデヒド由来のMsイミンに対するWiitig反応では、LDAを用いた場合にはZ:E=92:8とそれなりの選択性で反応が進行し、n-BuLiを塩基とした場合には>99:1のZ選択性で生成物が良好な収率で得られた。続いてスルホニル基上の置換基を検討したところ、2-MeC6H4 (=o-Ts)基置換のスルホニルイミンでは同様にn-BuLiを塩基として<1:99のE選択性で反応が進行した。


各種基質を用いたところ、芳香族イミンだけでなく、脂肪族イミンも含めて、同様の条件で収率よく高い選択性でZ/Eを作り分けることができた。イリドの一般性としてジメチルアミノ基や1級アルコールを有するイリドでも収率、選択性を損なうこと無く反応が進行し、アリルアミンやアリルアルコールを得ることに成功している。

反応機構解析の一貫として、著者らは付加後に生じるベタイン中間体を低温下、HBr処理することでホスホニウム塩として得ている。ここで得られたホスホニウム塩はジアステレオ混合物であり、このジアステレオ比と、ホスホニウム塩を塩基処理することで得られるオレフィンのZ/Eに強い相関があることから、イリドによるジアステレオ選択的な付加が反応の選択性を決定しているとしている。そしてスルホニル基の置換基の大小による付加方向の違いをNewman投影図により説明している。

以前の準安定イリドの系では基質によっては十分な選択性が得られていなかった例もあったが、今回の反応例は同一の置換基を用いて全ての例で高い選択性を得ているのが特筆すべき点だろう。
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参考)
ODOOS-Wittig反応

2011/01/06

Tropylium Ion Mediated α-Cyanation of Amines

Julia M. Allen and Tristan H. Lambert*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja109617y

アミンの酸化によるイミン形成は、遷移金属、DDQ、超原子価ヨウ素、一重項酸素など様々な酸化条件によって達成可能だ。しかし、これらの基質適応範囲はあまり広くなく、ジアルキルアニリンやテトラヒドロイソキノリンのような基質が用いられることが多い。本報告ではトロピリウムイオンを酸化剤とする反応に関するもので、DDQとは異なる位置選択性を示している。

トロピリウムイオンを酸化剤とする報告は極めて限定的ではあるが既に報告があった。著者らはその合成化学的な興味から、トロピリウムイオンのさらなる反応性に関して検討を開始した。アセトニトリル中、トリイソブチルアミンとトロピリウムテトラフルオロボレートを混合すると速やかにイミニウムイオンへと変換された。またKCN存在下ではα位がシアノ化された生成物が高収率で得られることがわかった。トロピリウムイオンとKCNの組み合わせはシクロヘプタトリエニルニトリルを与える、という報告が既にあったことを考えると、この結果は興味深い。著者らはKCNがアセトニトリルには溶解しないことを望みの反応が進行した理由としてあげており、実際にクラウンエーテルの添加やTMSCNの利用などシアニドが溶解している状態ではトロピリウムイオンがシアノ化されることを確認している。


様々な基質にて反応を試みたところ、電子豊富な部位の方が反応しやすいことが明らかとなった。例えばベンジルジイソブチルアミンでは5.9:1の選択性でアルキル部位が反応をするが、4-ニトロベンジルの基質では>20:1以上の選択性、逆に4-メトキシベンジルの基質では3.7:1にまで選択性が低下する。C-H結合の強さを考えるとこの結果はおもしろい。電子的要因だけでなく、立体的な要因も位置選択性に大きく影響を与え、ネオペンチル部位のような嵩高い部位では反応しない。基質により好ましい反応温度に差があり、これはアミンとトロピリウムイオンとの反応が可逆反応として存在し、立体的に小さなアミンではこの平衡を解離側に移動させるために高温条件が必要だということだ。

本反応で溶解しないはずのKCNがイミニウムイオンとは反応していることになるが、これはソルトメタセシスによりKBF4が生成することによると著者らは主張している。またベンジル位の反応性が低いことは既知の酸化剤であるDDQとは逆の反応性であることを確かめており、興味深い。反応機構としてはトロピリウムイオンによる直接のヒドリド引き抜き機構と、イミニウムラジカルカチオンを経由する段階的な機構が考えられる。確証を得ているわけではないが、著者らは位置選択性などの実験結果から直接的な機構を支持したいように感じられる。

最後に本方法論の応用として、イミニウムカチオン生成後にaza-Cope転位を伴ってイミンを得ている。おそらくgem-ジフェニル基の嵩高さによると思われるが、この例では本条件が2級アミンにも適応できていることもおもしろい。