2011/03/07

Enantioselective Construction of Quaternary Stereogenic Centers from Tertiary Boronic Esters

Dr. Ravindra P. Sonawane, Dr. Vishal Jheengut, Dr. Constantinos Rabalakos, Dr. Robin Larouche-Gauthier, Helen K. Scott, Prof. Varinder K. Aggarwal
Angew. Chem. Int. Ed., DOI: 10.1002/anie.201008067

4級炭素の立体選択的な構築は現代有機合成においても課題の一つである。著者らは以前紹介したように、キラル2級アルコールから、アルキル基の転位を伴う3級ボロン酸エステルの立体選択的な合成法と、酸化的処理による3級アルコールの合成を報告している。本論文では、その3級ボロン酸エステルを原料として、炭素鎖伸張による4級炭素構築法を報告している。

まずボロン酸ピナコールエステルを原料として、Matteson型の増炭反応を試みた。通常の条件では目的物の増炭アルコールに加え、酸化による単なる3級アルコールが約2割の収率で得られてきた。ホウ素NMRによる分析により、酸素転位を経た中間体が観測された。遷移状態における考察から、脱離基として嵩高く、また双極子モーメントが小さくなるものを用いることで炭素転位に繋がる配座を取りやすくなると考えられた。そこで脱離基を臭素原子としたところ、酸素転位は5%程度にまで抑えることができた。
3級ボロン酸エステルは、置換基のアルキル基が嵩高くなると予想通り反応性が低下するが、エステル部位をネオペンチル型の立体的に小さいものにすることで多少の収率改善が可能だ。またジクロロメタンとnBuLiを用いることでアルデヒドの合成も可能だ。

続いて著者らはZweifel型のオレフィン化反応を試みた。ここでも通常の条件では26%収率にとどまった。そこで再びホウ素NMRによる分析を行った所、系中ではピナコールエステルが完全にビニル基で置換された中間体と原料のみが観測された。そこでビニルグリニャール試薬の当量を増加させるたところ、良好な収率でビニル化体を得ることができた。またエトキシグリニャール試薬を用いることでケトン体を得ることもできる。

3級ボロン酸エステルも、キラル2級アルコールからなる著者らの方法論を用いることで理論的には隣接不斉中心の構築が期待できるが、この反応は立体的な要因からか進行しなかった。しかし、立体的にコンパクトな1-クロロアリルリチウムを用いることで、高いジアステレオ選択性で4級炭素を含む隣接した不斉中心の構築に成功した。ここで高いジアステレオ選択性が実現していることは、アリルリチウム種の動的速度論分割が生じていることを意味するが、その要因についてはよくわかっていない。

以上の様に、著者らは自らの方法論を拡張することで立体選択的な4級炭素構築法の開発に成功した。基質特有の嵩高さに起因する反応のしにくさを、NMRによる分析で次々と最適化していく様子は速報とは思えない盛りだくさんの内容であり、読んでいて楽しい論文であった。

Iron/Amino Acid Catalyzed Direct N-Alkylation of Amines with Alcohols

Dr. Yingsheng Zhao, Siong Wan Foo, Dr. Susumu Saito
Angew. Chem. Int. Ed., DOI: 10.1002/anie.201006660

アミンのアルキル化反応はアルキルハライドを用いた直接的なアルキル化や、還元的アミノ化による間接的な方法で通常行われる。簡便で信頼性の高い方法論であるものの、量論量の副生成物が生成することから環境調和性の面では好ましくない。近年ではアルコールをアルキル化剤とすることで、副生成物が水のみという反応が複数報告されている。これらは系中でアルコールのアルデヒドやケトンへの酸化、イミン形成、還元を経ることでアルキル化を実現している。本報告ではこのような系内での酸化還元を経ない、求核置換型の反応形式によるアミンのアルキル化反応に関するものだ。

著者らは検討によりFeBr3を触媒とし、rac-ピログルタミン酸を配位子、添加剤としてCp*-Hを用いて加熱することでアニリンとベンジルアルコールとの反応が収率よく進行することを見いだした。触媒なしでは反応はほぼ進行せず、配位子がないと低収率にとどまっている。またジアルキル化体はほとんど観測されていないようだ。


ベンジルアルコールは芳香環の電子密度によらず良好な収率でアルキル化体を得ている。アニリン側は電子供与基置換では収率が低下する傾向にあるようだ。またスルホンアミドが許容されるのはおもしろい結果だ。なおアニリン以外の脂肪族アミンでもアルキル化は進行するが、示されている基質が2級アミンのみであるため、モノアルキル化とジアルキル化の制御が脂肪族アミンでは難しい可能性がある。アルコールとしてはベンジルアルコール以外にも直鎖1級アルコール、2級アルコールも適応可能で、アリルアルコールを用いた場合も末端選択的に反応が進行している。このことは反応がカチオン経由ではないことを示唆している。

著者らはさらにD化基質との交差実験により、水素移動を伴う系中での酸化還元型の反応ではなく、Sn2型であると主張している。Cp*-Hの役割に関する記述が本文にないが、配位子というよりは触媒量のプロトン源としてアルコールの脱離促進をしている可能性が考えられる。

アミンのアルキル化は日常的には還元的アミノ化で行うことが多いが、還元剤として用いるNaBH(OAc)3などは分子量が非常に高く、基質よりも用いる量が多いことも度々である。そのため、もう少し廃棄物の少ない反応が開発されるとよいなと常々感じている人が多いだろう。本条件は反応温度があまりに高すぎる印象を受けるが、このような反応の開発には期待したいところである。

2011/02/26

Ring-Contraction Strategy for γ-Quaternary Acylcyclopentenes

Allen Y. Hong, Dr. Michael R. Krout, Dr. Thomas Jensen, Nathan B. Bennett, Prof. Andrew M. Harned, Prof. Brian M. Stoltz
Angew. Chem. Int. Ed., DOI: 10.1002/anie.201007814

4級炭素構築反応は現代有機化学においても重要な課題の一つであり、特に多様な骨格へと変換可能な多官能基型中間体の製造手法が望まれている。本報告では4級炭素を有するアシルシクロペンテンの合成法に関するもので、複数の反応点を有する骨格の特長を活かして様々な化合物への展開を図っている。

著者らは既にパラジウム触媒を用いた触媒的不斉アリル化反応を報告している。そのアリル成績体に対して、同一の還元条件にふした際のシクロヘキサノン型とシクロヘプタノン型の基質での反応性の差異が本研究の端緒となった。すなわち前者の基質ではβーアルコールが脱水してエノンになるのに対し、後者の基質では脱水体は少量のみでβーヒドロキシケトンが主生成物であった。さらに塩基処理を加えるとレトロアルドール反応、逆側のメチレン基からアルドール反応が起こり、脱水を伴って5員環のアシルシクロペンテンが生成した。この興味深い反応の条件を最適化したところ、水酸化リチウムを塩基、トリフルオロエタノールを添加剤としてTHF中で加熱する条件が最適であった。


7員環上のα位に様々な置換基を有した4級炭素に対して、還元条件によるβーヒドロキシケトンの生成、続く環縮小反応を行った。工程は多いものの収率は総じて良好で、還元条件をLuche条件などの穏和なものへと変えることでシリル基で保護した1級アルコールなども共存可能だ。光学純度に関しては80-90%ee程度の基質が多く、その後の変換で光学純度向上をはかる必要がありそうだ。実際著者らは一例としてセミカルバゾンへと変換して再結晶を行うことで98%eeのサンプルを得ている。β位の置換基は還元剤をグリニャール試薬へと変換することで、アルキル基を導入することも可能だ。この際は生成物がβ-二置換の不飽和環状ケトンになる。

アシルシクロペンテンはハード求核種による1,2-付加、ソフト求核種による1,4-付加、アシル基エノラートからの側鎖伸張、4級炭素上アリル基からの官能基化とさまざまな変換が可能だ。著者らはこのうちの数種の変換を組み合わせて10種程度の多様性に富んだ化合物群を合成している。

生成物のさらなる変換可能性は魅力的だ。アセチル基以外のアシル基も導入できると魅力が増すが、そういう基質が示されていないのは、原料合成の都合か、レトロアルドールの反応性の問題なのかもしれない。化合物の立体的、電子的な特性に沿ったおもしろい反応であるが、シクロペンテン合成としては回りくどい印象も受けるので、どうにか直接合成する方法はないものかと考えてみるのもおもしろいかもしれない。

2011/02/25

2-Pyridyl Sulfoxide: A Versatile and Removable Directing Group

Alfonso García-Rubia, Dr. M. Ángeles Fernández-Ibáñez, Dr. Ramón Gómez Arrayás, Prof. Dr. Juan Carlos Carretero
Chem. Eur. J., DOI: 10.1002/chem.201003633

酸化的Heck反応、Fujiwara-Heck反応はパラジウム触媒によるC-H活性化に続いてオレフィンへの挿入を行う反応で、アトムエコノミーが求められる近年において注目を集めている反応のひとつだ。芳香族C-H結合の活性化において望みの位置で反応を行わせるために、2-ピリジル基やアミド基などの配向基を用いる手法が広く利用されている。しかし、反応生成物の有用性を考えると容易に除去可能な配向基や、様々な官能基へと変換可能な配向基の開発が望ましい。本論文ではこのような配向基として2-ピリジンスルフィニル基の利用を報告している。

著者らはイミン上の保護基として2-ピリジンスルホニル基を導入することで触媒的不斉反応を実現したり、インドールに2-ピリジンスルホニル基を導入することで配向基としてインドールのホモカップリングを報告している。このような化学の発展形として、ピリジンスルホニル基の芳香族上の配向基としての利用を想起するに至った。そこでアクリル酸誘導体との酸化的Heck反応の検討を開始した所、2-ピリジンスルホニル基では反応性が低いものの、酸化段階を落としたスルホキシドおよびスルフィドでは反応性が向上した。スルフィドを用いた場合にはスルホキシドへと酸化されてしまった生成物も得られてきたものの、スルホキシドを配向基とした場合にはスルホンへの酸化は観測されず、Heck成績体が高収率で得られるのみであった。また2-ピリジルをフェニル、メチル、4-ピリジルへと変換すると反応はスルホキシドの酸化が起きるのみであることから、2-ピリジル置換基が配向基として作用していることが示唆された。


本方法論はアクリル酸エステル、ビニルスルホンなどの活性オレフィンのみならず、酸化剤を変える必要があるもののスチレン誘導体にも適応可能だ。芳香環状のメタ位に置換基がある場合は障害のない方のオルト位選択的に反応が進行する。また酸化剤とオレフィンの当量を増やすことで、二置換体を得ることも可能だ。当初の想定通り、2-ピリジンスルフィニル基は酸化条件でスルホンに、還元条件でスルフィドにすることが可能だ。還元条件を選ぶことで、オレフィンの還元を伴いながらスルフィドへと変換することもできる。さらにnBuLiを低温で作用させることで配向基を除去することも可能だ。

全体的にもう少し収率が向上する方が好ましいが、除去可能/変換可能な配向基というコンセプトを示すことには成功している。本条件では酸化的条件でありながら、酸化されやすい硫黄原子を用いてみた点が一つのポイントだろう。

2011/02/19

Rhodium-Catalyzed Enantioselective Addition of Boronic Acids to N-Benzylnicotinate Salts

Christian Nadeau*, Sara Aly, and Kevin Belyk
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja111540g

ピリジニウムイオンへの求核剤の付加は置換ピペリジン合成の有用な方法論である。しかしその触媒的不斉反応は、イソキノリンやキノリンへの付加は多様な求核種が用いられるものの、ピリジニウムイオンへの付加に関してはアルキン、シアニド、ジアルキル亜鉛の付加に限られるのが現状だ。本報告ではキラルロジウム触媒を用いたアリールボロン酸の付加に関するものだ。

臭化ベンジルでピリジニウムイオンとしたニコチン酸エステルに対してロジウム源、配位子、溶媒に関して検討を行った。反応温度は60度にて基質の分解がないことを確認している。120種を超える配位子のスクリーニングから、軸不斉二座配位型リン配位子が良い結果を与えることを見いだした。また塩基の存在は反応の進行に必須であり、溶解性の面からか水を混合溶媒とすることが再現性を得るために重要であった。


さまざまなボロン酸を用いて付加反応を検討した。反応の位置選択性は、全ての反応で、6位:4位が>20:1であった。総じて良好な不斉収率を与えているが、2-MeC6H4-のようなオルト位に置換基を有するものでは少し不斉収率が減少し、電子吸引基を有するものでは収率が減少する傾向が見られる。特にニトロ基置換のものでは収率は23%にまで落ち込んでいる。収率は中程度ながら、本条件はアルケニルボロン酸にも適応可能である。さらに6-メチルニコチン酸エステルを原料とした場合も、6位選択的に付加が起こり、4級炭素構築が可能だ。初期的な結果ではあるものの、BINAPを不斉配位子として中程度の収率、不斉収率で付加体を得ることに成功している。

最初に述べたようにジヒドロピリジンを還元することで多置換ピペリジンとすることができる。本論文でも3,6-cis-ピペリジンを塩化を含めて5段階にて調製している。残念なことに原料が99%eeであるのに対し、得られた多置換ピペリジンは80%eeとなっている。これはPd(OH)2を用いた水素添加条件で、一部オレフィンの異性化が進行してしまっているためだろうと論文中で述べられている。

初期的な検討ながら4級炭素構築反応を試みているところは好感が持てる。当然相当の検討があったと思われるが、高い不斉収率で得られた付加体のeeが進行してしまうのは残念で、さらなる検討が望まれる。また論文中に記載があったキラル配位子のスクリーニングなどはMerckのプロセス研究所ではどの程度自動化されていて、どれ位の時間で終えられるものなのかは興味のある所だ。

2011/02/18

Novel Aerobic Oxidation of Primary Sulfones to Carboxylic Acids

Amy C. Bonaparte, Matthew P. Betush, Bettina M. Panseri, Daniel J. Mastarone, Ryan K. Murphy, and S. Shaun Murphree
Org. Lett., DOI: 10.1021/ol200135m

カルボン酸の合成法としては1級アルコールやアルデヒドの酸化、Grignard試薬の二酸化炭素への付加を始め、様々な方法論が既に知られているが、いまなお新しい合成法の研究が続けられている。本報告ではアルキルスルホンを塩基性条件下、分子酸素を用いてカルボン酸へと合成するというものだ。

著者らは別のプロジェクトの実験でフラン環上のフェニルスルホンをカルボン酸へと変換しようとした際に、既存の方法論では望みの反応が進行しなかったことから条件検討を開始した。その際、ベンジルフェニルスルホンとカリウムtert-ブトキシドを混合させると安息香酸が生成したという報告に着目した。この系では酸化剤は明らかに空気中の酸素であると考えられる。そこで各種塩基(1equiv.)をTHF中で作用させ、酸素雰囲気下で撹拌を継続したものの目的物は得られなかった。アニオンの低反応性が原因だと考えた著者らは、高い反応性で知られるスルホンのジアニオンを利用することとし、塩基を2.5当量用いて反応を行った。すると様々な塩基で反応が進行し、特にKHMDSを用いた場合に最も収率がよかった。また乾燥空気下で反応を行った際も望みのカルボン酸が得られた。


メチルフェニルスルホンのアルキル化により合成した各種基質で反応を行った所、中程度から良好な収率でカルボン酸を得た。反応機構としてはジアニオンの酸素分子への付加、カリウムパーオキシドの分解を経るルートが提唱されている。最後に市販されている13Cで標識されたスルホンを用いて、13C-カルボン酸の合成へと応用している。

あまり目にしないタイプの反応ではあるものの、論文の最後で述べられているようなシアニドからカルボン酸を合成するルートの代替としては、原子効率、収率などの面からもう一つといったところだろう。

2011/02/17

Nucleophilic Fluoromethylation of Aldehydes with Fluorobis(phenylsulfonyl)methane

Xiao Shen, Laijun Zhang, Yanchuan Zhao, Lingui Zhu, Guangyu Li, Prof. Dr. Jinbo Hu
Angew. Chem. Int. Ed., DOI: 10.1002/anie.201006931

フルオロビス(フェニルスルホニル)メタン(FBSM)はフルオロメチル基の導入に用いられ、触媒的不斉反応を含め、様々な反応が報告されている。しかし、FBSMのアルデヒドへの付加は逆反応が優先し、付加体は得られないとされてきた。本報告では低温下、リチウム塩基を用いることでFBSMのアルデヒドへの付加を実現している。本編ではNMR実験と計算化学的手法により、著者らの主張がきれいにサポートされている。

FBSMのベンズアルデヒドへの付加をモデルとして検討を開始した所、LHMDSを塩基としてTHF中で反応を行い、-78度にて塩酸で反応を停止させると27%収率ながら付加体が得られた。-30度での処理では付加体は得られなかったことから、低温でのプロトン化が重要であることがわかる。THF/HMPA混合溶媒では付加体が得られなかったが、トルエンやジクロロメタンなど非配位性の溶媒を用いることで収率が向上した。最終的にはプロトン化を-94度でTFAを用いて行う条件が最適であった。

本条件は各種芳香族アルデヒドのみならず、脂肪族アルデヒドを用いた際にも付加体を収率よく与えることが明らかとなった。また生成物のビススルホニル部位を、一つは脱離基として、一つはスズへの交換の後にStilleカップリングを行うことで、合成化学的な有用性を示している。

本反応はプロトン化における温度が収率に大きく作用することから、著者らは19Fを用いたVT-NMR実験を行って反応を追跡した。-79度にてLHMDSを添加すると、FBSMに相当するピークは速やかに消失し、付加体のアルコキシドに相当するピークがシャープに現れてきた。ここで温度を-49度、-19度、0度、25度と徐々に昇温させていくと、-19度よりも高温ではアルコキシドのピークは消失し、複数の不明瞭なピークが現れた。興味深いことにこのサンプルを再び-79度へとすることで再びアルコキシドに相当するピークに収束した。そのサンプルをTFAを用いて-79度でプロトン化することで、付加体とFBSMに相当するピークが現れた。すなわち、本反応は高温領域では平衡条件下にあり、低温条件にすることで平衡を付加体へと偏らせることが可能となっていることが明らかとなった。
また用いる塩基をNaHMDSやKHMDSに変更すると収率が低下する点、および非配位性溶媒の方が好ましい結果を与えることから、付加後のリチウムアルコキシドの安定性が重要となっているはずだ。

フッ素以外の置換基を有するビススルホニルメタンとして、無置換のものや塩素原子置換のものを本条件で反応を行ってみた所、全く付加体が得られなかった。著者らはDFT計算により、付加後のリチウムアルコキシドがフッ素置換体の場合が最も酸素-リチウム結合の距離が短く、安定であることをその理由として挙げている。しかし、例えば反応が進行するか否かの限界値や、なぜフッ素のみが付加体を与えることに成功しているのかについては不明なままだ。気層におけるギブスエネルギー変化を計算しており、それによるとフッ素の場合のみ-2.3 kcal/molと負の値を示しことから反応が自発的に進みうることが示唆されている。

合成化学的な有用性はもう一歩というところだが、本論文の主要部は後半の反応機構解析だろう。計算による結果のみで解釈を進めて行くことは難しいが、NMR実験の結果は明瞭であり素晴らしい実験結果だと感じた。またLHMDSのような塩基を用いる場合、通常溶媒はTHFを用い、非配位性溶媒を検討する際でもトルエン程度までしか検討しないという先入観があったが、本反応のように特に塩基と反応することなくジクロロメタンを利用可能という点が、個人的には盲点だった。

2011/02/15

Access to High Levels of Molecular Complexity by One-Pot Iridium/Enamine Asymmetric Catalysis

Adrien Quintard, Prof. Dr. Alexandre Alexakis, Dr. Clément Mazet
Angew. Chem. Int. Ed., DOI: 10.1002/anie.201007001

一つの触媒では不可能な変換反応も、複数の触媒が連続的に反応を引き起こすことで可能となる。本報告ではイリジウム触媒によるアリルアルコールのアルデヒドへの異性化と、有機分子触媒による生じたアルデヒドのαー官能基化が段階的におこっている。マッチ/ミスマッチはあるものの、多くの基質でそれぞれの不斉点が触媒制御により構築されている。

著者らはまずCrabtree触媒を用いて3置換アリルアルコールの異性化を進行させた後、Jorsengen型の触媒を用いてビニルスルホンへの1,4-付加を行った。結果は、アルデヒドのα位が完全に制御されることでジアステレオ比が1:1でどちらの異性体も高いeeにて生成物を得た。その後、セリン由来のイリジウム触媒を用いてオレフィン部位の不斉点を制御することで、アルデヒドのα位と並んで高いジアステレオ選択性で反応を制御できた。オレフィンの置換基が極めて嵩高い場合を除くと、アルデヒドα位の不斉は用いる触媒によって高度に制御可能という点がポイントだ。置換基がtert-ブチル基などになるとミスマッチ型の触媒では反応が進行しなくなる。


オレフィンの置換基としては、iPr/Phなどのようにアリール基があると高い選択性が出るようだ。逆の幾何異性での結果も気になる所だが、そのようなデータはない。前述のようにMe/tert-BuやMe/SiMe2Phのような嵩高い置換基を有する基質ではマッチ型のみで反応が進行する。いずれの場合も非常に高い選択性で目的物を得ている。ジアステレオ選択性に関しては用いる求電子剤(ビニルスルホン)の当量を少なめにしていることも関係しており、二段階目の1,4-付加の段階で速度論分割が起こっているために、drが上がっているのだろう。求電子剤としては他にもNFSIやNCS、アゾジカルボン酸エステルなども利用可能で、これらによりフッ素化、クロロ化、アミノ化を非常に高い不斉収率で実現している。

本系で得られるα-置換-β-二置換アルデヒドは冒頭でも述べられているように、MacMillanとJorgensenを中心として2005年位に流行した有機分子触媒によるカスケード型の反応でも得られるタイプの生成物だ。ウリとしては異性化に関する詳細な一般性は不明なものの、カスケード反応における1,4-付加による不斉構築よりもアリルアルコール合成の方が容易という点だろうか。もし本系が段階的ではなく、全て混ぜるだけで進行するようだと非常に魅力的になるのだが、それはなかなか難しそうだ。先日Angew. Chem.のHighlightsにもあったような、NHC触媒とルイス酸を組み合わせる反応のように、今までなかったような触媒の組み合わせを切り開いたという点で本報告の意義があるだろう。

2011/02/10

Palladium-Catalyzed Allylic Fluorination

Charlotte Hollingworth, Dr. Amaruka Hazari, Matthew N. Hopkinson, Dr. Matthew Tredwell, Elena Benedetto, Dr. Mickael Huiban, Prof. Antony D. Gee, Dr. John M. Brown, Prof. Véronique Gouverneur
Angew. Chem. Int. Ed., DOI: 10.1002/anie.201007307

フッ化物イオンによるアリル位置換反応といえば、以前Doyleらによる塩化アリルを基質としたPd触媒/AgFによる系を紹介したが、本論文では[TBAF-(tBuOH)4]をフッ素源としたアリル位置換反応を報告している。Doyleらの例では不斉化が行われているが、本系ではPETへの応用が試みられている。

まずは2-アリールアリルカーボネートをモデル基質として検討を開始した。Pd(dba)2/PPh3/CsFの条件を用いた際に少量ながら目的のフッ素化体が得られた。そこで各種フッ化物源を検討したところ、TBAFを用いると原料が完全に消失し、アリルアルコール体が生成した。そこで無水TBAFとしてtert-BuOH和物を用いたところ、アリルアルコール体はやはり生成するものの、フッ素化体も30%収率で得られた。続いて脱離基の検討を行ったところ、p-ニトロベンゾイルオキシ基の場合にほぼ定量的にフッ素化体が得られることが明らかとなった。


各種基質で検討を行ったところ、2-アリール置換プロペニルのみならず3-アリール置換プロペニル(シンナミル)型の基質でも反応が良好に進行することがわかった。特にシンナミル型のフッ化物は室温でも徐々に分解することが知られており、本系の穏和さが伺える。しかしながら、いずれの基質においてもアリール基によるπ-アリル中間体の安定効果が必要であることが、適応可能基質を狭めている。またジエンが生成しうるような基質では、副反応も少量ではあるが問題となるようだ。論文の最後では本反応が短時間で完結することを活かして、[18F]によるラベル化も行っている。[18F]TBAFを用いたラベル化では脱離基はp-ニトロベンゾイルオキシよりもメチルカーボネートの方が良好な結果を与えるようで、この結果は解釈が難しい。

Doyleらの系では脱離基は塩素原子でフッ化銀との組み合わせが肝であったたため、本系のようなエステルやカーボネート型の脱離基では反応が進行しなかった。そのため二つの系がうまく相補的に働いているとも言える。本系の今後の課題としては、やはりもう少し基質一般性を広げることが一番の課題となるが、これには配位子の検討が近道のように思える。

2011/01/30

Di-p-nitrobenzyl azodicarboxylate (DNAD)

Jianhai Yanga, Liyan Dai, Xiaozhong Wanga and Yingqi Chen
Tetrahedron, doi:10.1016/j.tet.2010.12.036

光延反応はアルコールを脱離基とした求核置換反応であり、穏和な条件と高い官能基選択性を有することから頻用される反応の一つである。しかし、反応終了後に試薬由来の量論量の副生成物が生じ、環境調和性に優れていないのみならず、生成物との分離に苦労することも多い。またアゾジカルボン酸の塩基性から用いることのできる求核種にも制限がある。そこでポリマー保持型やポリフルオロアルキル鎖を有する試薬など副生成物の除去容易性に焦点を当てた改良や、角田先生らの試薬のように反応性を向上させた改良など、様々な改良型光延試薬が開発されている。本論文でもそのような試薬の一つで、1) 室温、空気下でも安定で、さらに、2) 反応後に生成するヒドラジン誘導体が難容性であることから、濾過のみで除去可能、という2つの特長を有する光延試薬を記載している。

本試薬は下図に示すように、市販のクロロギ酸4-ニトロベンジルから2段階で調製可能となっている。ジアシルヒドラジン化合物はジクロロメタンへの溶解性が室温で<0.005g/mL、THFへの溶解性が室温で<0.01g/mLなどと非常に低くなっている。また調製した光延試薬は6ヶ月以上、室温空気下に放置した後でも同様の反応性を示したとのことだ。

実際によく用いられるDIADとの比較を行いながら、反応を試みたところ、通常用いられるトルエン、THF、ジクロロメタン、アセトニトリルなどの溶媒では全て、原料の光学収率を損なうことなく反応は進行した。さらに反応後のアゾ化合物が析出することもあって、いずれの溶媒中でもDIADの場合よりも反応時間が短かった。構造としてはDEADやDIADと同様なので、本試薬で用いることのできる求核種の限界も同様(pKa~13程度か)となっている。

論文を眺める限りでは、溶媒を工夫してトリフェニルホスフィンオキシドも濾過で除去できれば便利な試薬に感じられる。東京化成でもベンジル型は販売されているようなので、こちらもそのうち販売されるようになるかもしれない。
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+光延反応の最近の動向 / Recently Modified Mitsunobu Reactions (東京化成、PDF file)
+ODOOS (光延反応 Mitsunobu Reaction)

2011/01/29

Phosphate mediated biomimetic synthesis of tetrahydroisoquinoline alkaloids

Thomas Pesnot, Markus C. Gershater, John M. Ward and Helen C. Hailes
Chem. Commun., DOI: 10.1039/C0CC05282E

イミンへのFriedel-Crafts型の反応、Pictet-Spengler反応はテトラヒドロイソキノリンを始めとした含窒素環状化合物の合成法として有用な反応だ。通常、インドールやピロールなどの反応性の高い基質では穏和な条件下反応は進行するものの、反応性の劣る芳香環では強酸性条件で加熱する必要があることが多い。一方で、生体内では酵素の触媒により反応は容易にに進行し、例えばnoroclaurine合成酵素はドパミンと4-ヒドロキシフェニルアセトアルデヒド(4-HPAA)を基質としてnorcoclaurineをS体選択的に合成する。このようなベンジルイソキノリンアルカロイドは植物アルカロイドの1つの大きなグループを形成しており、(S)-norcoclaurineも前駆体として種々のアルカロイドへと変換される。しかし、この酵素の基質適応性は低いことが知られており、他の置換様式の基質には使いにくい。本報告ではリン酸バッファーを用いて弱酸性条件下、種々のイソキノリン誘導体を合成するという方法論を記載している。

ドパミンとL-DOPA、グリセルアルデヒドの反応がpH7.4のリン酸バッファー条件で大幅に促進されるという報告があったことから、著者らは同様の反応促進効果がベンジルイソキノリンアルカロイド合成にも期待できるのではないかと考えて検討を開始した。酵素反応と同じく、ドパミン塩酸塩と4-HPAAを基質として検討を開始したところ、KH2PO4、NaH2PO4、UMPなどのバッファーとアセトニトリルの混合溶媒を用いたところpH6、50℃、1時間で反応は7割強進行することを見出した。pHが4以下、および8以上では反応は目的物は得られないことも確認している。


収率に差はあるもののアルデヒドの一般性はそこそこあり、芳香族アルデヒドのみならずアセトアルデヒドでもよい収率で環化体を得ている。一方でアミン側は限定的で、予想通り反応部位のパラ位にOHやNH2などの電子供与基が必要だ。ただしドパミンのジメチルエーテルでも目的物が得られていない点は不思議な気がする。フェネチルアミンのα位やβ位に不斉点を有する基質では目的物はジアステレオ混合物として得られ、立体選択性はあまりない。

著者らはリン酸アニオンがブレンステッド塩基/求核剤として作用する反応機構を提唱している。また著者らは"catalyst"と表記しているが、実際に触媒回転しているのかどうかは不明だ。この示された機構と類似の形式で進行しているならば、うまくやれば不斉化も実現できるかもしれない。

2011/01/19

Dual Catalysis by Coupling Nucleophilic and Electrophilic Intermediates Generated in Situ

Barry M. Trost* and Xinjun Luan
J. Am. Chem. Soc., 10.1021/ja110501v

二つの触媒が協奏的に働いて進行する反応は、近年多くの例を挙げることができる。しかしその多くの例において、片方の触媒はルイス酸として求電子剤に配位するなどの作用にとどまり、共有結合切断など基質の化学変換を伴わない。本報告は、二つの金属触媒がそれぞれ別の基質と反応することで活性種を生じ、その活性種同士が反応するという例になる。

著者らは、独自に開発したバナジウム触媒を用いたプロパルギルアルコールからの求核的アレンエノラートの生成反応と、パラジウム触媒を用いた求電子的π-アリル種の生成反応を組み合わせることで新しい形式の反応が可能になると期待した。実際、両金属触媒を用いたところ、期待通りにアレンエノラートのα位がアリル化された生成物が良好な収率で得られた。バナジウム触媒のみではアレンエノラートのアルコールによるプロトン化が、パラジウム触媒のみではπ-アリル種へのアルコールによる求核反応が起きるのみであったことから、二つの触媒の存在が新しい反応性に必要であることがわかる。この反応では望みの反応経路を進行させるために、系中での活性種濃度が重要であると考えられ、実際両触媒の比により生成物の分布が変わってきている。


最適条件下、種々プロパルギルアルコール、アリルカーボネートを用いて反応を行った。プロパルギル位は一例を除いて芳香族置換基のみであること、得られるエノンの幾何異性は中程度から良好なE選択性を示していることがまず目につく。アリルカーボネートの立体的要因が反応性に大きく影響を与えることも想像通りだ。反応条件の穏和さから、TBS基やBoc基などを有する基質にも問題なく適応可能となっている。

本反応で得られる生成物はカルボニル化合物のα-アリル化に相当する。活性アルキンを用いた還元的アルキル化などにより骨格構築の可能性があるとはいえ、通常用いられるエノラートの化学、π-アリルの化学ともこのような骨格を得るのは難しく、そこに本反応の価値があるだろう。

2011/01/18

Visible-light-mediated conversion of alcohols to halides

Chunhui Dai, Jagan M. R. Narayanam & Corey R. J. Stephenson
Nature Chemistry (2011), doi:10.1038/nchem.949

アルコールを対応するハロゲン化物へと変換する反応は、その後の求核置換反応と並んで日常的に用いられる変換だ。しかし、学部教科書に記載のあるような過酷な酸性条件下での置換や、脱離基としてスルホニル化合物を経由する方法、トリフェニルホスフィンを用いるAppel条件など、反応条件の穏和さや環境調和性の面から改善の余地がある。本報告では光反応を用いることで、これらの課題を解決しようというものだ。

Ru(bpy)3錯体は光反応にしばしば用いられる触媒であり、著者らはRu錯体の光励起後にCBr4やCHI3などにより酸化的に不活化されることでハロゲン化反応が進行すると期待した。実際に触媒とCBr4存在下、DMF中で青色LED(435nm)を照射すると室温5時間で、70%収率にて反応が進行した。さらに添加剤としてNaBrを加えると90%にまで収率が向上した。対照実験により、触媒の添加なしでは反応の進行には高温・長時間が必要なことが示されている。


さまざまな官能基を有する各種1級アルコールに対して、収率よく対応する臭化物、ヨウ化物を高収率で得ることに成功している。2級アルコールに関しては、立体的な要因により成否が決まり、嵩高い基質ではホルミルエステルが得られた。この結果は後述の反応機構解析に重要な知見をもたらした。

著者らは各種実験によりイミニウム中間体を経る反応機構を提唱している。まずDMF-d7中での反応を完結前に止めたところ、臭化物に加えて重水素が組み込まれたホルミルエステル体が得られたことから、反応にDMFが関与していることが示唆された。DMF以外の溶媒では反応が進行しない事実もこれを支持する。また別の実験により反応活性種はカルベンではなく、ラジカル種であることを示した。これらの事実から、詳細は依然不明であるものの、DMFとCBr4から生成したイミニウム種を経て、アルコールと反応する機構が提示されている。この反応機構では、キラルアルコールを原料とした場合には光学純度は保たれるはずであるが、実際には光学純度の減少が見られた。eeの時系列変化を追ったところ、徐々にeeが減少することが判明し、生成物が添加剤のNaBrと反応することでラセミ化が起こっていることが示唆された。

本論文は後半部の反応機構解析が素晴らしく、よく練られた対照実験により、一歩一歩事実が積み上げられていく過程が、読んでいて爽快であった。

2011/01/12

Catalytic Enantioselective [2,3]-Rearrangements of Amine N-Oxides

Hongli Bao, Xiangbing Qi, and Uttam K. Tambar*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja110500m

シグマトロピー転位は不斉中心の構築にしばしば用いられる。しかしClaisen転位などと比べると、アンモニウム両性イオンを用いた[2,3]-シグマトロピー転位、Meisenheimer転位はあまり研究されておらず、その不斉合成への応用としては、窒素原子上にキラル補助基を導入した例にとどまっていた。本報告ではこのようなMeisenheimer転位の触媒的不斉反応に関するものだ。

ジベンジルアミン誘導体を基質として検討を開始したところ、この反応は触媒なしでも比較的低温で進行してしまうものの、-20度ではほとんど進行しないことを見いだした。そこでこの温度にて種々の触媒を検討したところ、酢酸パラジウムを用いると反応が大幅に促進されることがわかった。不斉配位子の検討を行い、ビナフトール由来のホスホアミダイトを用いると高い不斉収率で目的物が得られた。さらにメタノールとm-クロロ安息香酸をともに触媒量添加することで不斉収率のさらなる向上が見られた。

本方法論は反応条件が穏和なことから、TBS基やアルデヒドをはじめとするさまざまな官能基と共存可能であった。しかし、2位が分岐した基質では反応はほとんど進行しないこともわかった。著者らは0価パラジウムが触媒として有効ではないことから、π-アリル型の中間体を経由してはいないと想定している。パラジウム触媒は本系ではπ酸として作用し、Overman転位と類似したN-オキシドの活性化およびオレフィンへの配位を伴い、5員環中間体を取っているのだろうと述べている。この環化中間体を想定することにより、2位分岐型基質での低反応性を説明可能だ。メタノールやm-クロロ安息香酸の役割については不明なままである。

アルデヒド共存下でも適応可能というのはかなり魅力的だが、近年の不斉反応の中では触媒量が比較的高用量であること、キラルアルコールを作る手法としてはN-O結合切断までが必要であることが気になる点だ。

2011/01/09

Tunable stereoselective alkene synthesis with nonstabilized phosphonium ylides

De-Jun Dong, Yuan Li, Jie-Qi Wang and Shi-Kai Tian
Chem. Commun., DOI: 10.1039/C0CC04739B

一般的にWittig反応では速度論支配下ではZ-オレフィンが優先するため、不安定イリドを用いた場合にはZ体が優先的に生成する。一方で不安定イリドからE-オレフィンを得るにはPhLiを用いるSchlosserの変法(β-オキシドイリド法)と言われる方法がある。本報告はアルデヒドをイミンへと変換し、イミン上の置換基を調節することで、不安定イリドを用いてZ/E体をつくりわけるというものだ。

以前このブログでも紹介したように、著者らは既に同様のアプローチにより準安定イリドを用いたZ/Eの作り分けに成功している。そこで同様にスルホニルイミンを用いて、塩基の検討を開始した。ベンズアルデヒド由来のMsイミンに対するWiitig反応では、LDAを用いた場合にはZ:E=92:8とそれなりの選択性で反応が進行し、n-BuLiを塩基とした場合には>99:1のZ選択性で生成物が良好な収率で得られた。続いてスルホニル基上の置換基を検討したところ、2-MeC6H4 (=o-Ts)基置換のスルホニルイミンでは同様にn-BuLiを塩基として<1:99のE選択性で反応が進行した。


各種基質を用いたところ、芳香族イミンだけでなく、脂肪族イミンも含めて、同様の条件で収率よく高い選択性でZ/Eを作り分けることができた。イリドの一般性としてジメチルアミノ基や1級アルコールを有するイリドでも収率、選択性を損なうこと無く反応が進行し、アリルアミンやアリルアルコールを得ることに成功している。

反応機構解析の一貫として、著者らは付加後に生じるベタイン中間体を低温下、HBr処理することでホスホニウム塩として得ている。ここで得られたホスホニウム塩はジアステレオ混合物であり、このジアステレオ比と、ホスホニウム塩を塩基処理することで得られるオレフィンのZ/Eに強い相関があることから、イリドによるジアステレオ選択的な付加が反応の選択性を決定しているとしている。そしてスルホニル基の置換基の大小による付加方向の違いをNewman投影図により説明している。

以前の準安定イリドの系では基質によっては十分な選択性が得られていなかった例もあったが、今回の反応例は同一の置換基を用いて全ての例で高い選択性を得ているのが特筆すべき点だろう。
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参考)
ODOOS-Wittig反応

2011/01/06

Tropylium Ion Mediated α-Cyanation of Amines

Julia M. Allen and Tristan H. Lambert*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja109617y

アミンの酸化によるイミン形成は、遷移金属、DDQ、超原子価ヨウ素、一重項酸素など様々な酸化条件によって達成可能だ。しかし、これらの基質適応範囲はあまり広くなく、ジアルキルアニリンやテトラヒドロイソキノリンのような基質が用いられることが多い。本報告ではトロピリウムイオンを酸化剤とする反応に関するもので、DDQとは異なる位置選択性を示している。

トロピリウムイオンを酸化剤とする報告は極めて限定的ではあるが既に報告があった。著者らはその合成化学的な興味から、トロピリウムイオンのさらなる反応性に関して検討を開始した。アセトニトリル中、トリイソブチルアミンとトロピリウムテトラフルオロボレートを混合すると速やかにイミニウムイオンへと変換された。またKCN存在下ではα位がシアノ化された生成物が高収率で得られることがわかった。トロピリウムイオンとKCNの組み合わせはシクロヘプタトリエニルニトリルを与える、という報告が既にあったことを考えると、この結果は興味深い。著者らはKCNがアセトニトリルには溶解しないことを望みの反応が進行した理由としてあげており、実際にクラウンエーテルの添加やTMSCNの利用などシアニドが溶解している状態ではトロピリウムイオンがシアノ化されることを確認している。


様々な基質にて反応を試みたところ、電子豊富な部位の方が反応しやすいことが明らかとなった。例えばベンジルジイソブチルアミンでは5.9:1の選択性でアルキル部位が反応をするが、4-ニトロベンジルの基質では>20:1以上の選択性、逆に4-メトキシベンジルの基質では3.7:1にまで選択性が低下する。C-H結合の強さを考えるとこの結果はおもしろい。電子的要因だけでなく、立体的な要因も位置選択性に大きく影響を与え、ネオペンチル部位のような嵩高い部位では反応しない。基質により好ましい反応温度に差があり、これはアミンとトロピリウムイオンとの反応が可逆反応として存在し、立体的に小さなアミンではこの平衡を解離側に移動させるために高温条件が必要だということだ。

本反応で溶解しないはずのKCNがイミニウムイオンとは反応していることになるが、これはソルトメタセシスによりKBF4が生成することによると著者らは主張している。またベンジル位の反応性が低いことは既知の酸化剤であるDDQとは逆の反応性であることを確かめており、興味深い。反応機構としてはトロピリウムイオンによる直接のヒドリド引き抜き機構と、イミニウムラジカルカチオンを経由する段階的な機構が考えられる。確証を得ているわけではないが、著者らは位置選択性などの実験結果から直接的な機構を支持したいように感じられる。

最後に本方法論の応用として、イミニウムカチオン生成後にaza-Cope転位を伴ってイミンを得ている。おそらくgem-ジフェニル基の嵩高さによると思われるが、この例では本条件が2級アミンにも適応できていることもおもしろい。