2010/08/30

Catalyst-Controlled Wacker-Type Oxidation of Protected Allylic Amines

Brian W. Michel, Jessica R. McCombs, Andrea Winkler, Matthew S. Sigman Prof. Dr.
Angew. Chemie. Int. Ed., DOI: 10.1002/anie.201004156

Wacker酸化はPd触媒を用いて末端アルケンからメチルケトンを合成する反応として取りあげられるが、アリル位にヘテロ原子を有する基質の場合、反応の位置選択性が低下し、アルデヒドとメチルケトンの混合物を与えることが知られている。Feringaらはフタルイミド保護されたアリルアミン誘導体ではアルデヒド選択的に、oNs保護された誘導体ではメチルケトン選択的に与える反応を報告している。本報告ではアリルアミンの保護基によらず触媒制御によりメチルケトンを選択的に与える反応に関するものだ。

著者らはすでにPd触媒とTBHPを用いて、保護されたアリルアルコールのWacker酸化においてメチルケトンを優先的に与える触媒を報告している。多少の条件改良の後に、前述のFeringaらの例ではアルデヒド選択的に与えたフタルイミド誘導体を用いた場合にも、著者らの触媒系ではケトンを優先的に与えることがわかった。他の基質にも適応した所、ホモアリルアミン誘導体や、Cbz、Boc、Tsなど他の保護基を用いたアリルアミン誘導体においても良好な収率、高いケトン選択性で生成物を与えることがわかった。キラルアリルアミン誘導体を用いた場合も、不斉収率の低下なしにケトンを得ている。当然ではあるが、得られたα-アミノケトンはキレーション制御、またはFelkin-Anh型の還元によりジアステレオ選択的な還元が可能だ。


Sharplessの反応が非常に信頼をおける理由の一つでもあるが、たとえ好ましくない型の基質であっても、触媒制御で反応を進行させられるようなパワフルな触媒を開発することは、触媒開発を行っている研究者の理想の一つだろう。また合成屋の観点からもこういった触媒制御による反応例が蓄積されていくことは好ましく、例えば合成スキームの一場面にあって、所望の反応を進めるために保護基の着脱などを行うなどということが避けられる可能性が増すことにつながるだろう。

2010/08/28

Controlled and Chemoselective Reduction of Secondary Amides

Guillaume Pelletier, William S. Bechara and Andr B. Charette*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja105194s

アミドカルボニル基の低反応性については、既に本ブログでもいくつか取りあげており(例えばWeinrebアミドの還元によるアミン合成Tf2Oを用いたアミドの2重アルキル化)、エステルとは異なり合成中間体として用いるには使いにくいということを述べた。本論文はこのようなアミドに関する報告で、2級アミドの還元を適切に条件を変えることで、イミン/アルデヒド/アミンと作り分けるというものだ。

著者らは既に3級アミドをTf2OとHantzschエステルとの組み合わせにより、温和な条件でアミンへと還元できることを報告している。この流れで2級アミドについて、Tf2Oによるアミドの活性化を調べることとしたのだろう。前述の条件を2級アミドについて試した所、イミンと還元体のアミンの比率が約1:1だったため、より弱い還元剤を用いることでイミンを選択的に得ることができるだろうと考えた。ジヒドロピリジン系還元剤よりも反応性が低いとされているシラン系還元剤を検討した所、トリエチルシランを用いた場合にイミン選択的に生成物を得た。さらに反応系を塩基性添加剤を用いて系中の酸性を和らげることで収率が向上することを見いだし、最終的には2-フルオロピリジンが添加剤として最適であると判明した。また反応溶液を塩基性条件で後処理することでイミンが、クエン酸バッファーで後処理することでアルデヒドが得られるような工夫も行っている。


本条件をさまざまな基質に対して適応した所、アミドよりもはるかに還元されやすいアルデヒドやアジドなどを有する基質に対しても高い収率で目的のイミンやアルデヒドを得ているのが驚きだ。α位に不斉点を有するアミドに対しても、若干のeeの低下がみられるもののラセミ化は非常に遅いという結果を得ている。興味深いことに、著者らはイミン形成後にHantzschエステルを添加することで、イミニウムイオンが選択的に還元されアミンが得られることも示している。これによって2級アミドから適切に条件を選択することでイミン/アルデヒド/アミンとを作り分けられることになる。

共通の原料から、条件を変えることで異なった生成物が得られる反応は、多品種少量合成を行うことの多いラボスケールでの研究には魅力的だ。またこのような反応の開発には、各工程における反応機構の詳細な解析が必要なことも多く、素反応の理解を深めることにも繋がるだろう。こういう論文を読むたびに、まだこんなモノが残っていたんだなあと感動するこのごろ。多くの場合、学部教科書がネタ探しによいというのは真なのでしょう。

2010/08/26

CCl3CN: A Crucial Promoter of mCPBA-Mediated Direct Ether Oxidation

Shin Kamijo, Shoko Matsumura and Masayuki Inoue*
Org. Lett., DOI: 10.1021/ol1018079

カルボニル基はグリニャール反応や、アルドール反応によるα位の官能基化など、各種変換に有用であるが、その反応性の高さゆえに合成途中では保護基を用いる必要がある場合も多い。保護基として頻用されるのはアセタールであるが、酸性条件に弱いことから、合成途中でたびたび問題となる。もし還元体アルコールのエーテル体がカルボニル基の保護基として用いることができれば、安定性は問題なく非常に魅力的だ。本論文ではmCPBAを用いてこのような変換を実現している。

著者らはシクロドデシルメチルエーテルを基質として条件検討を行った。アセトリトリル中ではほぼ原料回収だったのに対し、2当量のトリクロロアセトニトリルを添加すると収率が劇的に向上した。なぜトリクロロアセトニトリルを用いたかの記載はないものの、クロロホルム溶媒でも10%弱の目的物が得られていること、およびmCPBAは通常ジクロロメタンなどのハロゲン系溶媒を用いること、などがヒントとなった可能性はあるだろう。結局、添加剤を溶媒量にまで増量し混合溶媒系とすることで最適条件としている。本反応は、1) ラジカル捕捉剤により反応が妨げられること、2) ラジカル開始剤を添加剤とした場合も低収率ながら反応が進行すること、からラジカル機構を取っていることが示唆される。著者らはmCPBAのトリクロロアセトニトリルへの付加、続く酸素ー酸素結合の開裂によるラジカルの生成という反応機構を示している。



基質一般性としては、メチルエーテルだけでなく様々なエーテルに適応可能であり、アセトキシ基など他の官能基存在下でもアルキルエーテル選択的に酸化が進んでいる。気になる点は用いられている基質が環状ケトンのみであること、および大員環やカルボニル基が比較的込み入った基質が多いことだろう。mCPBAを過剰に用いているものの、シクロヘキサンジオール誘導体を用いた場合には、ケトンが生成した後にBaeyer-Villiger反応も進行してしまっていることからも、2つの反応の制御が難しい可能性も考えられる。

いずれにせよ、反応条件を変えることで頻用されている試薬の新たな反応性を見いだしたという点で興味深い論文といえるだろう。

2010/08/25

Aryl(sulfonyl)amino Group

Yuzo Kato, Dinh Hoang Yen, Yasuhiro Fukudome, Takeshi Hata and Hirokazu Urabe*
Org. Lett., DOI:10.1021/ol101541p

求核置換反応の脱離基を考えた場合に、酸素官能基と比べると窒素官能基の存在感は薄い。これはそもそも脱離能が低いといった理由に加え、本論文の導入部にも記載されているように窒素官能基そのものを求核置換反応により導入していることが多いこともあるだろう。それでも窒素官能基を足がかりに他の官能基を導入した後に、窒素部位を変換したいこともあるだろう。本論文は、そういった場合に使用できうる、窒素官能基を脱離基とした分子内求核置換反応に関する報告だ。

著者らは電子吸引性から想定される脱離能と官能基の安定性を考えて、N-アリール-N-スルホニルアミド、すなわちアニリンのスルホンアミド誘導体を脱離基として用いることとした。検討の結果、DMF中、無機塩基存在下に150度に加熱することで望みの環化体が得られることを見いだした。求核部位としてはスルホンアミド、フェノール、カルボン酸、さらにマロノニトリルやビススルホンなどの活性メチレン化合物を用いることが可能となっている。反応はアニリン部位もo-ニトロフェニルを用いて電子吸引性を向上させた方が反応が円滑に進行するものの、窒素の保護基として用いられやすいPMPを用いても反応は進行するようだ。



着眼点はなかなかおもしろく、例えばo-アニシジンのメトキシ基を起点としてなんらかの変換を行った後に、アニリンのTs化、続いて置換反応を行うというのは考えられなくもない。一方でスルホンアミドからの利用は一度アリール化を経ることを考えると使いにくいように思える。理想的には外部ルイス酸などを添加してでも、一つの置換基のみで脱離させたいところ。その際には電子吸引性だけを上げても、ジニトロベンゼンスルホニル基のように窒素から外れやすいだけになってしまいかねないので、バランスが難しそうではある。

Room-Temperature Alternative to the Arbuzov Reaction

Sean M. A. Kedrowski and Dennis A. Dougherty*
Org. Lett., DOI: 10.1021/ol1015493

ホスホン酸誘導体はHorner-Emmons試薬として用いられる他にも、興味深い生理活性を有することから薬理学的興味も大きい分子群だ。ホスホン酸誘導体の合成法としては、Arbuzov反応によりアルキルハライドから調製するのが一般的である。しかし、Arbuzov反応は通常高温条件を必要とすることから熱安定性に問題のある基質には適応できず、またアリール置換のものは求核置換反応を原理的に起こし得ないことから合成できない(これらは遷移金属を用いた反応で合成する)。本反応は、アシル-Arbuzov反応によりアシルホスホン酸を合成し、そのカルボニル基をWolff-Kishner還元により除去することでホスホン酸誘導体を得るという報告だ。

著者らは、1) アシル-Arbuzov反応は温和な条件で進行すること、2) α-ホスホノヒドラジンは安定に単離できたこと、という知見からWolff-Kishner還元の利用を考えるに至ったようだ。通常のWolff-Kishner還元は塩基性条件下高温が必要であることから、Arbuzov反応の欠点である高温という要素を克服できないように思える。しかし、隣接する電子吸引基のために中間体ヒドラゾンの反応性が上昇しているため、低温でも反応が進行するのではないかと著者らは考えた。各種条件を検討し、カルボン酸からの4段階を精製することなく進行させる実験手順を見いだすに至った。基質一般性としては、カルボン酸のα位に置換基が存在すると、立体的な嵩高さからヒドラゾン形成時に脱水ではなくジエチルホスファイトの脱離が進行しやすくなるため、収率が減少することがわかった。



4工程で70%の収率(各工程90%以上に相当)を出す基質も存在するものの、基質適応範囲が限定され、総じて収率も低めである。そのためコンセプトとしては目新しいものの、実用性の面ではまだまだ低いと言わざるを得ず、今後の改善に期待したい。話は変わるが、Caltechには条件検討用ロボットがあることが論文中に記載されており、大学にこういった設備があるのはさすがだなと思った。

2010/08/22

Palladium-Catalyzed β Arylation of Carboxylic Esters

Alice Renaudat, Ludivine Jean-Gérard Dr., Rodolphe Jazzar Dr., Christos E. Kefalidis Dr., Eric Clot Dr., Olivier Baudoin Prof. Dr.
Angew. Chem. Int. Ed., DOI: 10.1002/anie.201003544

遷移金属触媒によるカルボニル官能基周辺へのsp2炭素の導入は、単純なアニオンーカチオンの化学では難しい変換を可能とする重要な反応だ。本反応はエステルのβ位のアリール化という珍しい形式で、さらに初期的な段階ではあるものの不斉誘起にも成功している。

アリールパラジウム種の挿入という観点でカルボニル基を利用するには、カルボニル基とのキレートを利用したβ位のC-H結合の活性化も考えられるが、著者らはまだ例のなかったパラジウムエノラートを用いた反応機構でのβ-アリール化を目指した。検討を開始した所、リチウムエノラートとパラジウム触媒の組み合わせにより、アリール基の置換様式依存的にβ体が優先的に取れることが判明した。そこで、オルト位にハロゲン、CF3基、アルコキシ基などを有する基質や2位複素環などの静電的効果を持つ基質を用いて反応をおこなっている。多くの場合反応は短時間、β選択的に進行している。また生成物のラセミ化がないことを確認した上で、不斉誘起も行っている。最大54%eeと初期的な段階ではあるものの、今後の展開に期待だ。



対照実験として、α位に水素原子のないエノラート化しない基質では反応が進行しないこと、重水素化実験によりβ位の水素がα位へと完全に移ることなどを確認している。その他、計算によりα体よりもβ体のほうが速度論的にも熱力学的にも好ましいことを示している。またα無置換の基質では反応が進行しないことは、反応の進行に影響を与える因子の複雑さを示唆しているだろう。

本反応のようなβ-アリール体を得るには、ロジウム触媒などを用いた1,4-付加の利用が考えられる。現状では不斉プロトン化に関してはそこまで報告例があるわけではないので、本報告のα位置換基にさらに多様性を持たせられれば十分に差別化が図れるだろう。
このようなβ-アリール化は著者らによればα-アリール化の副生成物として一部報告されていたとのことで、それが本反応開発をはじめる動機付けとなったのだろう。繰り返し作業の少ない知能労働において、いかに再現性高く新しい試みを始められるかは、多くの人が興味をもつところだろう。そのためには、人が新しい研究を始めるに至った思考過程を辿ることが有用だろう(それが本当かどうかは別として)と個人的には考えている。

2010/08/17

Rhodium-Catalyzed Oxidative C−H Arylation of 2-Arylpyridine Derivatives

Qi Shuai, Luo Yang, Xiangyu Guo, Olivier Basl and Chao-Jun Li*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja105396b

クロスカップリング反応はその有用性からノーベル賞の声も高い有用な反応であるが、副生成物として基質調製に由来する当量の金属塩が生成してしまうことが、環境調和性が望まれる近年の化学においては一つの問題である。発展著しいC-H活性化反応を経る、いわゆるdirect arylationはクロスカップリングの基質のうち一方を事前調整不要な単純アレーンで代用する反応で、そのため副生成物の量が減ることとなる。これをさらに進めた酸化的カップリングでは両基質とも事前調整が不要な理想的な反応であるものの、量論量の酸化剤由来の副生成物に加え、反応の位置選択性に関して問題があった。本報告は、アリールアルデヒドを基質とする脱カルボニル型カップリングを行うことで、位置選択性の問題を克服しつつ量論量の金属塩も生成しないというものだ。カルボン酸の脱カルボキシル化を経るクロスカップリングは既に知られており、それをアルデヒドへと拡張しつつ酸化的カップリングに適応したものとも考えられる。

著者らは2-フェニルピリジンと4-アニスアルデヒドの反応をモデルとして条件検討を行い、(CO)2Rh(acac)を触媒、TBP(tert-butyl peroxide)を酸化剤としてクロロベンゼン中で加熱する条件が最適であることを見いだした。アルデヒドに加えて、ピリジンを配向基としているために、反応はすべての基質において望みの位置で進行している。論文中では極力触れられないように記述してあるが、本反応の問題は現在の条件では過剰反応としてピリジン窒素を起点として2つの芳香環が挿入してしまう生成物がかなりの量取れてきてしまっている点だ。多くの場合、約1:1の比であるため望みのビアリールの実際の収率は40-50%程にとどまっている。



酸化的カップリングの位置選択性の問題に着目した点はよいので、今後はさらなる条件検討により上述の過剰反応を防ぐことが求められる。またC-H活性化の化学ではピリジン窒素を用いる場合が多いけれど、生成物の汎用性を考えると、もう少し使いやすい官能基を配向基にした方が有用性は向上する。系が変わってしまうけれど、当量を抑えつつ嵩高いアミドなどを配向基として用いれば、2つ目の反応を抑えられるかもと思った。

2010/08/16

An Efficient Oxidation of Primary Azides Catalyzed by Copper Iodide

Manjunath Lamani, Kandikere Ramaiah Prabhu Dr.
Angew. Chem. Int. Ed., DOI: 10.1002/anie.201002635

ニトリル基はカルボン酸を始めとする各種官能基に変換可能であり、ニトリル基の新規合成法の開発は有用性が高い。本報告はアルキルアジドの酸化によりニトリルを得る反応に関するものだ。既にアジドをニトリルへと変換する方法はいくつか報告されているが、本報告は一般性や反応条件の温和さなどに特徴を有している。

著者らは各種酸化剤と触媒の検討を行い、水を溶媒として用い、TBHPを酸化剤、ヨウ化銅(I)を触媒とすることでベンジルアジドのベンゾニトリルへの変換が高収率で進行することを見いだした。最適条件を各種基質に適応した所、オレフィンやケトン、エステルなどの官能基共存化でも選択的に反応は進行した。またベンジルアジド以外に直鎖型のアルキルアジドでも良好な収率で対応するニトリルを得ることに成功している。本条件を2級アジドへと適応した場合は、途中で生じるイミンが加水分解されて生じると思われるケトンが得られている。α-アジドエステルを基質とした場合にもα-ケトエステルが得られており、酸化条件下においても炭素-炭素結合の開裂が見られていないことは本反応条件の温和さを示していると言えるだろう。



反応機構に関しては、1)反応系中で窒素が生成していること、2)ラジカル機構を取っていないこと、の2点を実験により確認しているが、それ以上の言及はない。

一般にアルキルアジドはアルキルハライドなどの脱離基とのSn2反応で合成することが多い。本反応で得られたニトリルは、原料のアルキルハライドを1炭素減炭した化合物からシアニドイオンを用いて得たニトリルに相当する。このため、原料の入手性や合成容易さなどからこれらの反応が使い分けられたら便利だろう。

2010/08/09

A Direct Entry to Substituted N-Methoxyamines from N-Methoxyamides via N-Oxyiminium Ions

Kenji Shirokane, Yusuke Kurosaki, Takaaki Sato,* and Noritaka Chida*
Angew. Chem. Int. Ed. early view
DOI: 10.1002/anie.201001127

通常アミドは各種カルボン酸誘導体のなかで最もカルボニル基での反応性が低いことから、官能基変換には扱いにくい。その点Weinrebアミドやモルホリンアミドは金属求核種の付加の後に安定なキレート構造を形成し、加水分解によりケトン(アルデヒド)を与えることから有機合成に頻用される。しかしアミドでありながら元々有する窒素原子を活かした含窒素化合物の合成には用いることができない点は問題ともいえる。本報告は、Weinreb型のキレート構造の開裂を窒素部位ではなく、カルボニル由来の酸素部位で行うことでイミニウムイオンを形成、さらなる求核種との反応によりアミン誘導体の合成を行うというものだ。

アミドからアルキル基を導入しつつアミンを合成する方法は各種報告されており、いずれも酸素原子を修飾することで脱離能を上げるていることがポイントとなっている。本報告ではルイス酸の利用によりWeinreb型環状キレート構造を開裂させて、イミニウム中間体が形成されることを想定している。通常のプロトン酸による後処理工程では、キレート構造の開裂によりアミンが生成するわけで、これを無水条件でルイス酸を使用したらどうなるかと考えるに至った点がポイントだろう。



DIBAL-Hによる還元の後に、各種ルイス酸と求核種を検討した所、Sc(OTf)3をルイス酸、アリルトリブチルスズを求核種とすると良好な収率で目的のN-メトキシアミン誘導体が得られることを見いだした。求核種としてはケイ素種も利用可能であり、例えばTMS-CNを用いることも可能だ。この際には自身のルイス酸性によっても反応は進行するものの、やはりルイス酸として塩化スズ(IV)を用いた方が収率は向上する。いずれにせよ、中間体イミニウムカチオンの高い反応性ゆえに、ケイ素やスズなどの他の官能基との共存性が比較的高いものを求核種として用いているのは良い点に感じられる。また著者らは15員環アミドを用いた例や、分子内アリルシラン部位を求核種としたものを実施している。前者は大員環合成の際に、N-アルキル化よりも各種縮合剤を利用したアミド化の方が進行しやすいことから、魅力的な例だと言えるだろう。

欲を言えば、N-メトキシアミンのままでは使用しにくいので、N-O結合の開裂やニトロンへの変換など何かしらの合成化学上の有用性を示す例が欲しいところだ。また容易に想像可能な1つ目の還元をアルキル化剤へと変更することに関しては、既に検討中とのことで続報を期待したい。

2010/08/07

Catalytic Asymmetric Claisen Rearrangement of Unactivated Allyl Vinyl Ethers

Maryll E. Geherty, Robert D. Dura and Scott G. Nelson*
J. Am. Chem. Soc., Article ASAP
DOI: 10.1021/ja1039314

Claisen転位は立体的に嵩高い部位への炭素鎖導入も可能な有用な反応であり、様々な変法も含め研究の裾野は広い。本報告は不斉ルテニウム触媒を用いたClaisen型反応に関するもので、シグマトロピー転位の協奏的機構の見方を変えることで望みの反応を実現させることに成功している。

著者らはClaisen転位基質のO-アリルビニルエーテルをアリルエーテル誘導体とみなすことで、アリル位置換反応の利用を想起するに至った。すなわち適切な触媒によるアリル位での炭素ー酸素結合挿入反応と、結果として生じたエノラート種のアリル位への求核攻撃が実現すれば形式的にはClaisen転位体が生成すると考えた。この際に問題となりうるのはエノラートの求核部位としてアリル基の1位と3位が考えられ、この位置選択性の克服が課題となりえた。そこで分岐型アリル位置換体を優先的に与えると知られていたルテニウム(II)錯体を用いて検討を開始した。

種々検討を行った所、ビニルエーテルの脱離能の低さからルテニウム触媒単体では挿入反応が難しいことが判明した。エーテル酸素と相互作用しうる添加剤の検討を行い、ホウ素系ルイス酸の添加が良好な結果を与えることを見いだした。さらに本反応は生成物阻害が見られたため、ルテニウムへの配位子となるアセトニトリルも添加することで不斉収率に影響を与えることなく、収率の改善を実現した。恐らく配位子に関しても詳細な検討がなされていると思われるが、本文中での言及は少ない。実験によりアルコールによる水素結合が不斉誘起に重要であることが示されている。



望みの[3,3]転位体はベンジル位での結合生成となるため、3位芳香族置換基が位置選択性に影響を与えることは容易に想像できる。実際、電子供与基置換の方が3位選択性が高い傾向にある。またアルキル置換体では[1,3]転位体のみが得られるようだ。生成物置換基の相対配置は原料の二重結合の幾何異性に依存することもいくつかの実験により確かめられている。

素人目には分岐型アリル位置換反応を考えた場合には、まずイリジウム触媒を試すと思うのだけれど、色々検討した結果ルテニウムになったのだろうか気になるところ。

2010/08/05

Chemoselective Peptidomimetic Ligation Using Thioacid Peptides and Aziridine Templates

Naila Assem, Aditya Natarajan and Andrei K. Yudin*
J. Am. Chem. Soc., Article ASAP
DOI: 10.1021/ja104488d

ペプチド化合物が生体内で重要な役割を果たしていることはあらためて述べるまでもない。そのため非天然型アミノ酸を導入したり、α位を4級にするなど構造の一部を化学的に変換することで新たな機能を有する分子を生み出そうという試みが活発に行われている。その一例として、ペプチド結合の一部を還元し2級アミンとしたものがあげられる。この構造はプロテアーゼ阻害剤の構造によく見られると同時に、生理的pHによりアミンがプロトン化され水素結合供与体となることから通常のペプチドとは異なる構造を取ることが知られており興味深い部分構造である。本報告は、このような還元型擬ペプチド構造の合成法に関するものだ。

著者のYudinらはこれまでもアジリジンアルデヒドの特徴的な反応性を活かした化学を展開しており、本論文ではそこにペプチドの化学でよく用いられる硫黄から窒素へのアシル基の移動を絡めたことになる。C末端のチオカルボン酸がアジリジンを求核的に開環することで、システインによるS-アシル体と類似の中間体を実現可能だと考えたのだろう。実際に反応を行った所、アジリジン開環は末端選択的におき、アシル基の転位は5員環を経由して望みのシステイン相当の擬ペプチド体が得られた。また生成物側鎖のチオール基はアジリジン開環には関与しないようだ。



実際に様々なペプチドとアジリジンを用いてカップリングを行っており、一例を除きラセミ化は進行しないようだ。またペプチドのカップリングでは官能基選択的な結合形成が望ましく、一例ではあるがC末端フリーのアジリジンを用いても良好な収率で目的物を得ているのはすばらしい。Raney Niの利用により硫黄原子を除去することで、システイン以外にもアラニンやフェニルアラニンに相当する生成物も合成している。

Direct Arylationに多大な貢献をしたFagnouが若くして亡くなった今、Yudinはカナダ期待の星だと言えるだろう。今後も彼の化学には要注目である。