2010/11/29

Palladium-Catalyzed Asymmetric Synthesis of Allylic Fluorides

Matthew H. Katcher and Abigail G. Doyle
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja109120n

含フッ素化合物の産業上の有用性から、C-F結合形成反応の研究は盛んに行われてきた。最近では特に温和な条件でフッ素化を行う反応の開発が注目を集めており、Ar-F結合生成がRitterらにより報告されている。彼らの報告は遷移金属錯体を用いた求電子的なフッ素化と位置付けられる。一方で求核的フッ素化の例は少なく、CsFを用いたBuchwaldらAr-F結合生成反応が数少ない成功例である。本報告ではπ-アリルパラジウム中間体への求核的なフッ素化反応を行っており、ハードな求核種フッ素アニオンとソフトな求電子種との反応が温和な条件で進行しているのが特徴だろう。

まずπ-アリルパラジウム錯体を用いた量論的な反応を用いて、適切なフッ素源の探索を行った。アルカリ金属フッ化物のような塩基性の高い試薬ではジエンが生成するのみであり、TBATのような塩基性の低いものを用いると低収率ながら目的のフッ化アリル体が生成した。検討の結果、フッ化銀を用いる条件がジエンの生成を最小限に抑え、目的物を最もよい収率で与えた。そこで触媒量のパラジウムとフッ化銀を用いて、様々なアリル化剤の検討を行ったところ、塩化アリル体がもっともよいことがわかった。これは系中で生成した塩化銀が沈殿することで、炭素-フッ素結合形成を促進しているためと考えられる。さらにこの条件にTrost型配位子を用いることで良好な不斉収率でフッ化アリル体が得られることを見出した。


様々な基質を用いて反応をおこなったところ、エーテル、アミド、エステルなどの置換基を有する基質で高い収率、不斉収率を与えるのを始めとして、通常フッ素アニオンと反応しやすいシリルエーテルを有する基質でも中程度の収率、高い不斉収率で目的物が得られている点は特筆すべきだろう。アリルカーボネートでは反応が進行しないことから、アリル位に塩素原子とカーボネートを有する基質では塩素原子選択的に反応している点もおもしろい。また対照実験により、生成物のフッ化アリルは反応条件での分解やエピマー化は起こさないことを確認している。

反応形式としては珍しいものの、アリル位の脱離基に塩素原子を用いている(これもそこまで珍しくはない)以外は触媒も配位子も一般的であり、これまで発表がなかったのが不思議な感じのする報告であった。

2010/11/24

Pd(II)-Catalyzed Carbonylation of C(sp3)−H Bonds

Eun Jeong Yoo, Masayuki Wasa, and Jin-Quan Yu*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja108754f

遷移金属触媒によるC(sp2)-H結合の活性化反応は近年発展著しいが、C(sp3)-H結合となるとその例は少なくなり、ほとんどがカルボニルα位やベンジル位などに限定されている。本報告でパラジウム触媒によるカルボニルβ位のC(sp3)-H結合のCOによるカルボニル化反応に関するもので、酸性度の高いアミドをカルボニル部位に用いることでスクシンイミドとして単離している。得られたスクシンイミドは容易に1,4-ジカルボニル化合物へと変換が可能となっている。

著者らが他のC-H活性化反応で用いていた酸性度の高いアミドを用いて検討を開始した所、ヘキサン中でCO(1atm)雰囲気下、酢酸パラジウムを触媒とし、酢酸銀を酸化剤として用いた際に低収率ながらカルボニル挿入体が得られた。さらに添加剤の検討を行った所、触媒量のTEMPOを用いると収率が劇的に向上した。最終的には酢酸銀、TEMPOともに量論量用いる条件を最適とした。このTEMPOの役割は不明であるが、著者らはオキソアンモニウム塩がPd(0)からPd(II)への再酸化を効率的に行っている可能性があると推察している。実際、どちらの酸化剤も高い収率には必須であることを対照実験により示している。


基質一般性としては、α位にCH3とCH2がある場合は選択的にCH3が反応するようだ。また保護されたヒドロキシルメチルを有する基質でも高い収率で目的物が得られる他、1-メチル-1-カルボニルシクロプロパンのような基質でもメチルが優先的に反応するため、2環性化合物が得られる。以前の著者らの系ではα位に水素原子を有する基質ではあまり反応性がよくなかったが、本系ではα位が4級炭素以外の脂肪族置換基を有するような基質でも中程度ながら目的物を得ている。得られたスクシンイミドは条件によりジカルボン酸、またはアミドを有したエステルへと変換可能である。後者の基質はエステルをヒドロキシルメチル基へと還元すればさらなるC-H活性化が可能であると考えられる。

反応条件がn-ヘキサンの130度と安全面では気をつける必要があるが、最初に述べたように科学的には非常に珍しい反応であり、例えばピバロイル基の3つのメチル基を全て異なるように官能基化したり、不斉化を行ったりとさらなる発展が考えられる反応だ。著者のJin-Quan Yuは若手ながら現在この分野を引っ張っている一人であり、これからも注目の人だろう。

2010/11/23

Remote Stereoinduction in the Acylation of Fully Substituted Enolates

Stephen N. Greszler, Justin T. Malinowski, and Jeffrey S. Johnson*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja108848d

エノラートのエステルによるαーアシル化反応、Claisen縮合では生成物の活性メチレン部位の脱プロトン化が容易に進行するため、α位に不斉点を導入することが難しい。また逆反応の容易さからα,α-二置換エノラートを用いた4置換炭素構築の試みは困難であるとされている。本報告ではアシル化剤としてβ-ラクトンやラクタムを用いることで、4員環の歪みを利用して逆反応を抑える工夫がなされている。

著者らは既にReformatsky試薬のシリルグリオキシレートへの付加から生じた中間体がBrook転位により亜鉛エノラートへと変換されること、および生じた亜鉛エノラートがケトンと反応することでγ-ラクトンが得られることを報告している。その知見を基にケトンの代わりにβ-ラクタムを用いれば、環の歪みから逆反応が起こらずにアシル化反応が進行すると考えた。実際に検討を行った所、Reformatsky試薬、シリルグリオキシレート、ラクトンの3成分を混ぜることで所望のα位が4置換のエステルが高いジアステレオ選択性で得られた。以前の反応では過剰量のReformatsky試薬がケトンと反応してしまうために、Brook転位による亜鉛エノラートの生成後に段階的なケトンの添加が必要であったが、今回の系ではラクトンの反応性の低さから3成分を混合しても副反応は観測されなかった。β位に不斉点を有するβ-ラクトンは比較的容易に入手可能なことから、高いジアステレオ選択性が得られていることは魅力的だろう。


その他の基質に対しても反応を行ったところ、総じて高いジアステレオ選択性で目的物が得られている。第一段階のシリルグリオキシレートへの付加の変換効率にもよるが、収率が中程度の基質が多いのが気になる点といえる。なおβ-ラクトンの代わりにβ-ラクタムも適応可能であるが、ジアステレオ選択性は出ていない。この選択性発現機構に関しては環状遷移状態の図で著者らは説明しているが、少しわかりにくいように感じられた。生成物のアシル化部位は条件により二つのジアステレオマーへと選択的な還元が可能で、また二つのエステル部位も立体的環境がかなり異なることもあり、一般的な条件で差別化が達成可能となっている。

α,α-二置換エノラートを用いる際にはエノラートの幾何異性の制御が一つのポイントになるが、本反応では亜鉛とのキレートおよび立体的な要因により(E)-エノラートが選択的に生成しているようだ。一番安価で入手容易なブロモ酢酸エチルが2.3当量という点はまだ実用的で、ワンポットで多官能基化された化合物が得られる魅力的反応といえるだろう。

2010/11/22

Kinetic Resolution of Homoaldols via Catalytic Asymmetric Transacetalization

Ilija ori†, Steffen Mller†, and Benjamin List*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja108642s

4級炭素や4置換炭素の構築の立体選択的な構築法の開発は、現代有機化学の課題の一つである。ケトンやケトイミンへの触媒的不斉付加反応は徐々に報告されてきているものの、一つ増炭したホモアルドール体に関しては効率的合成法に乏しい。NHC触媒を用いた反応が最も直接的な合成方法になりえると考えられるが、こちらは未だケトンへの付加は達成されていない。本報告では新規に設計したキラルリン酸触媒を用いて、分子内にアセタール部位を有するrac-ホモアルドールの速度論分割によりキラルホモアルドール体を得るというものだ。アルデヒド由来の生成物だけでなく、ほとんど例のないケトン由来のホモアルドールも得られることがポイントだ。

以前にも紹介したように、Listらはキラルリン酸触媒を用いたトランスアセタール化を報告している。以前の反応に関しては、せっかくキラル化合物を合成しても生成物の有用性が見えにくいとコメントしたが、本報告ではこの反応の基質をホモアルドールへと拡張していることから有用な反応になりうる。ベンズアルデヒド由来のホモアルドールを用いてテトラヒドロフラン環合成を検討したものの、既存のリン酸触媒では十分な選択性では速度論分割が進行しなかった。そこでスピロ構造を有するキラルリン酸触媒を新たに設計し、反応を試みた所生成物の不斉収率が向上した。そこでこの触媒を用いて条件の最適化をおこない、環化体93%ee、未反応体98%eeとどちらも高いeeで速度論分割が進行した。


まずはアルデヒド由来の基質で一般性を検討した所、芳香族置換基のみならずtert-ブチル基のような立体的に嵩高い置換基、さらにはn-ペンチル基のような直鎖型アルキル基でも高い選択性で分割が進行していることは特筆すべき点だろう。リンカー部分に関しては-CH2-CH2-以外にもオレフィンや芳香環などでも環化体のeeがやや低下するものの未反応体に関しては高いeeで得られるようだ。ケトン由来の基質に関してはアリールアルキルケトン類のみならず、こちらもtert-ブチルメチルケトンのようなアルキルアルキルケトン由来のものでも高い選択性で分割が進行している。得られた環化体は条件によりテトラヒドロフラン、開環体、ラクトンなどに変換可能だ。未反応の鎖状体に関しても各種変換が考えられるが、著者らは例としてラクトンへの変換を示している。

速度論分割は半分を捨てることになるので、原料や触媒などの入手性が高い場合などを除くと必ずしも有用な反応ではないが、既存の方法論では合成しにくい骨格が得られるというのは魅力的だろう。特にこのような不斉反応ではアリール置換基が不斉誘起に重要な役割を果たしていることが多く、本反応のようにアルキル置換基でも選択性が低下しない例は珍しいように感じる。不斉還元では原理的に直接的な構築が不可能な4置換炭素構築も、ここ数年で随分と身近になってきた。まだまだ実用性には乏しいものがほとんどであるが、こういった報告例の積み重ねが研究の進展には重要なのだろう。

2010/11/19

Enantioselective Cobalt-Catalyzed Preparation of Trifluoromethyl-Substituted Cyclopropanes

Bill Morandi, Dr. Brian Mariampillai, Prof. Dr. Erick M. Carreira
Angew. Chemie. Int. Ed., DOI: 10.1002/anie.201004269

生理活性物質における含フッ素化合物の重要性は改めて述べるまでもない。しかし電気陰性度の高さに起因する含フッ素化合物の特殊な反応性のために新たに条件検討が必要なことも多く、フッ素含有ビルディングブロックの効率的合成法の需要は大きい。本報告はトリフルオロメチル基の置換したキラルシクロプロパン環合成に関するものだ。

著者らは既にFe-ポルフィリン錯体を用いたトリフルオロメチルシクロプロパンの合成を報告している。しかし水中での反応が難しかったため、まずは水中でジアゾアルカンを調製し、それを反応系へ投入する必要があった。ジアゾアルカンの危険性を鑑みると、水中にてジアゾアルカンの調製からシクロプロパン化までがワンポットで行われることが望ましい。そこで条件検討を行った所、コバルト(II)-サレン錯体が良好な不斉収率を与えることがわかったため、配位子、反応温度、添加剤などの検討を行った。Ph3Asを添加剤とし、反応温度を-15度とすることで収率、不斉収率ともに最適化された。なお-15度の反応温度のために溶媒を水から塩化ナトリウム水溶液へと変更している。またジアゾアルカン生成のためのNaNO2は水溶液による定速添加よりもワンポーションによる添加の方がよい結果を与えている点も反応操作の観点から好ましい。


各種スチレン誘導体を用いて反応を行ったところ、電子供与基を有する基質は収率、不斉収率ともによく、電子吸引基を有する基質では多少収率が落ちる傾向にある。いずれの基質も非常に高いトランス選択性で目的物を得ている。また1,1-二置換オレフィンに対しても反応はスムーズに進行し、高い不斉収率で目的物が得られている。

一見して配位子の検討をはじめ相当の苦労をしたと思われる。反応条件として色々な試薬を用いるが、次々と加えていくだけなので反応操作としてはそこまでの煩雑さはないだろう。本文中にも記載がある通り、Jacobsenや香月先生の報告ではサレン上の置換基は電子供与基がよい結果を与えることが多いのに対し、本系ではジクロロ置換のものが最適である点、香月先生のシクロプロパン化ではコバルト(III)がよく、本系ではコバルト(II)が良い点など不思議な点が多い系である。

2010/11/18

Oxidative Cleavage of Alkenes Using an In Situ Generated Iodonium Ion with Oxone

Prem P. Thottumkara and Thottumkara K. Vinod*
Org. Lett., DOI:10.1021/ol1023807

オレフィンを酸化的に開裂しアルコール、アルデヒド、カルボン酸などに導く変換は、例えばオレフィンをアルデヒドの保護基として全合成の一部に用いられるなど頻用される変換の一つである。通常これらの変換にはオゾン分解やオスミウムによるジオール化と続く酸化的開裂によることが多いが、オゾンの爆発性やオスミウムの毒性などの問題から代替手法が望まれている。本反応はオキソンを共酸化剤とした超原子価ヨウ素によるものだ。

上述したように本形式の反応は多くの代替法の開発が進められており、その中にPhIOを用いたものがある。著者らはオキソン存在下での水溶性超原子価ヨウ素の研究を行っており、4-ヨウ化安息香酸とオキソンとの反応により生じる超原子価ヨウ素種が、代替法として報告されている活性種と類似の構造になるのではないかという着想から本研究は開始した。まずはオキソンと4-ヨウ化安息香酸をD2O/CD3CN(3/1)中で反応させたところ、原料が完全に消失することを確認した。そこで1-フェニル-1-シクロヘキセンを基質として反応の検討を開始した。オキソンのみではジオールで反応は停止するものの、4-ヨウ化安息香酸を加えることで酸化的開裂が進行した。アルデヒド段階で反応を制御することが難しかったため、オキソンの当量を増やし、収率よく開裂体を得ることができた。さらに収率を損なうことなく4-ヨウ化安息香酸の当量を5mol%にまで減じることができた。


様々なオレフィンに対して反応を試みたところ、フェニル基と共役した基質では速やかに反応が進行するものの、非共役のオレフィンでは反応が遅いことが明らかとなった。このような基質ではヨウ化物を量論量用いることで反応時間を短縮することが可能である。いくつかの対照実験により、cis-ジオールの方が反応が速やかであること、環状基質のほうが反応が速いこと、オレフィンと対応するジオールではほとんど反応速度に差がないこと、などが明らかとなった。これらの事実より、オキソンによるジオール化は速やかに進行し、その後の開裂が律速であること、開裂段階ではベンジル位によるカチオン安定化作用が反応速度に重要な役割を果たしていることがわかる。

著者らはわざわざ4-ヨウ化安息香酸を触媒として用いているにも関わらず、生成物のカルボン酸との分離が困難な基質があるという多少残念な面もあるものの、多数の対照実験を始めとして丁寧な構成の論文であるという印象を受けた。

2010/11/09

Insights into the Finer Issues of Native Chemical Ligation

Dr. Zhongping Tan, Dr. Shiying Shang, Prof. Samuel J. Danishefsky
Angew. Chemie. Int. Ed., DOI: 10.1002/anie.201005513

以前の記事でも書いたように、ペプチドの単純なカップリングにおいては1994年のScienceに報告されたチオエステルと末端システインとの、チオエステル交換と続くS-N-アシル転位によるペプチド結合形成反応は大きなブレイクスルーであった。Danishefskyらは近年、この化学を応用することで脱硫後にバリン、リシン、スレオニン側鎖を導入することに成功している。本報告ではロイシンに相当する側鎖を導入している。

基質合成の際にはシステインを基にロイシンに相当する炭素鎖を導入するため不斉点が生じてくる。著者らは両方の立体の基質を合成し、以前彼らが報告しているフェノールエステルをアシル供与体として反応を試みたところ、一方の立体の方が20倍以上も反応性が高いことが明らかとなった。そこで反応性の高い立体を有する基質を用いてアシル供与体側の一般性を検討した所、側鎖が嵩高くなるにつれて収率が低下する傾向にあり、バリンでは50%、プロリンでは21%となっている。それでも双方とも10残基以上のペプチド同士のカップリングであることを考えると、この結果は立派なものだろう。


前述の立体配置と反応性の違いについて著者らは詳しく考察している。一般的にチオエステル交換ーS-Nアシル転位では最初のチオエステル交換が律速であると考えられているが、今回の基質に関してはチオールの求核性は同じと考えられるため、アシル転位の段階が反応性の違いに寄与していると推察している。彼らは不利な立体ではペプチド鎖と側鎖イソプロピル基の立体反発のために、窒素原子からアシル基への求核攻撃が生じる立体配座をとりにくいとしている(上図赤囲み)。またチオエステル交換の段階に関しても、分子内水素移動を考慮すると同様の立体反発が考えられるということだ。さらに有利な立体を有する基質とシステインを比べた場合には4倍程度の反応性の差しか観測されなかったことから、置換基を有する基質ではThorpe-Ingold様効果によって環化(アシル転位)しやすい可能性があると主張している。

本論文の最後ではヒトエリスロポエチンの95から120残基を、システインおよび今回検討したロイシン様基質を用いて合成している。最初のカップリングでのニ量化などの副反応を抑え、61%収率と高い収率で3つのフラグメントを結合し、脱硫によりEPO(95-120)を合成している。
Danishefskyのこれらの化学は方法論としては目新しくないが、一つ一つをきっちりと仕上げてきている印象を受ける。

2010/11/08

A Selective and Convenient Method for the Synthesis of 2-Phenylaminothiazolines

April L. Bernacki*, Lingyang Zhu, and D. David Hennings
Org. Lett., DOI: 10.1021/ol102428m

チアゾリンは生理活性物質によく見られる部分構造であるだけでなく、不斉配位子として頻繁に使われるオキサゾリンの硫黄類縁体であることから、未だ見出されていない用途も考えられる構造だ。2-アミノチアゾリンの合成法としては2-ヒドロキシエチルチオウレアのヒドロキシル基を何らかの脱離基とし、チオウレアから分子内環化を経るのが一般的だろう。しかし硫黄からの環化による目的物の他に、窒素からの環化に由来するイミダゾリンチオンや硫黄原子が脱離基となって形成されるオキサゾリンなど副生成物が問題となることもある。本報告では、CDIを用いてアシルイミダゾールを脱離基とするチアゾリン合成法であり、上述の副生成物生成を最小限に抑えている。

著者らはチオ-CDIを用いて非対称チオウレアを合成しようとした際に、少量ながらチアゾリンが生成することに気がついた。チオ-CDIがチオウレアからチアゾリンへの変換を促進していることを見出したので、その他の活性化剤を検討した所CDIを用いるとさらに効率的にチアゾリンへの変換がおこることを見出した。その他の試薬、例えばDEADでは既報の通り、窒素からの環化と競合しチアゾリンは20%収率にとどまっている。


バリン以外の他のアミノ酸由来の側鎖では、アラニン、フェニルグリシン由来の基質など良好な収率でチアゾリン誘導体を得ている。一方でヒドロキシル基を2級アルコールとた場合には置換基効果が大きく、単純なアルキル基ではチアゾリンは全く得られず、アリール基置換では窒素からカルボニルイミダゾールへの巻き込みも見られるものの目的物優位に反応が進行した。これはチアゾリン合成における反応点がベンジル位にあたり、置換基による活性化を受けていると考えられる。

本論文を読んで興味を持つのが、チオアミドを基質とした場合には反応が進行するのか否かという点と、もし進行するなら2位に不斉点を有する基質を用いた際のラセミ化の有無だろう。というのもペプチド類縁体としてチアゾリンやオキサゾリンを用いた場合にはしばしば2位のラセミ化が問題となり、光延条件やスルホニルクロライドによる環化ではうまくいかないことがある。Burgess試薬による環化ではラセミ化が少ないと報告されているが、試薬の値段等を考えると、もしCDIで代替できるなら有用な合成法になりうると感じる。

参考)
CDI (Aldrich): 100g, ¥22,200
Burgess reagent: 1g, ¥12,500
Burgess reagent(synlett spotlight): 2000, 559.; 2009, 328.